愁う蒼空

□見慣れぬ風景
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この街に来て、もうすぐ2年が過ぎ、3年目を迎えようとしている。


隣で眠る君の、微かな寝息に、未だに慣れることの出来ない夜。




『ん…レイナ…どうした…?また眠れないのか…?』



付いたままの灯りに目覚めたのか、君…マキが呟いた。


『ごめん、眩しかったね…すぐ消すから…』



そう言ってマキの髪を、指で梳いてそっとくちづける。

マキは安心したように微笑み、また静かに寝息をたて始めた。




何故だろう。


君の寝息に今も慣れないのは…。



私のココロが穢れでいるからだろうか…。




寝室の灯りを消し、洗面所に向かう。




鏡に映る自分を眺めて、呟く。




『何故、生きてるの?』





あれから何年過ぎたのだろう。と思った。

この街に来たのが、まるで何年も、何十年も前のような気がする。

しかし、慣れることはない。




マキと2人暮らしを始めて、昨日で1年。今日から2年目が始まっている。
彼と一緒に住んで2年…夏には3年目が始まるのだ…だけど…。


現実味のない、まるで醒めない夢を見ている気分のまま、月日を過ごしている。





時が進まない…。




『ミナミ…結局アナタに逢わないままココに戻ってしまったよ…』



ミナミ…昔愛した人。

私を捨てた人。

あの日から、私は壊れ始めたのかもしれない。

そしてあの日、私の時は、止まった。



『おかけになった番号は現在……』




届かないまま、返ってくるメール。

それでも何度も送り続けた。





『ミ……ナミ……な…………ンデ…?』



声がかすれて、上手くしゃべれなかったこと。
今でもよく覚えている。



ルールシェアしていた友人…ハヅキに、連絡したことも、覚えている。



その先は………曖昧だ…。





後からハヅキに聞くと、大変な迷惑を掛けたらしいことは分かった。




ハヅキ母の運転で大急ぎで戻ってくれたそうだ。
そして、ハヅキ母と2人で死にたがる私を必死に説得した、と。







未だに、死を望むことがあるのは事実だ…。



ミナミ、あなたは私を裏切り…挙げ句捨てた…。


アナタだけを死ぬほど愛してきた私を簡単に裏切ったクセに、報復に怒り、裏切りと蔑み、汚れていると見下した。




アナタが私の何を知ってるというの?



果てるフリすら、見抜けなかったアナタが。






気付いた時には、壊れていた。



マトモに体を起こすことが出来ない日もあった。


自分では理由がよく分からなかった。



記憶が何日も途切れることも珍しくなく。気付くと髪の毛が短くなっていたり、タバコの銘柄が変わっていたりした。





死にたい衝動を抑えようと必死だった。




生きる意味を作った。




ミナミ、あなたへの復讐。報復。



だから、体を切ることはしなかった。
体に爪を立て、蚯蚓腫れになるほど掻きむしり、頭を掻きむしることで、耐えた。

切りたい、死にたい、切りたい、死にたい…。





ある日。
解決策を見出した…。



『ミナミ、私を汚れていると見下した人。私は、まだ汚れてないよ。コレから、汚れるの…。アナタのせいで。アナタが悪いの。ミナミ、愛してるのよ、ミナミ。でも、アナタの温もりが消えてしまう…独りはイヤだ…』


どうせ汚れるなら、果てまで堕ちよう…。






体を売ることに、痛みは伴わなかった。


抱きしめられる腕の強さに安らぎを感じた。




稼いだ金は使い果たした。




残すつもりは、最初からなかったのかもしれない。



















それでも、待ってるのは独りの夜だった…。





『…………………っ』




声を殺して泣いた。
毎晩、毎晩泣き続けた。




『イヤだ、イヤだ、イヤだ』


叫びたいのを必死に我慢して、休みの日は札束の入った財布を鞄に入れて街をさ迷った。






欲しい物は全て手に入れてみた。



好きなぬいぐるみを見つけては、手に入るまでゲーセンから動かなかった。



持っていなかった携帯ゲーム機を買った後は、手当たり次第にソフトを買った。



遊園地の年間パスポートも買った。




欲しいだけ、買えるだけ、買った。






手首を切らない代わりに、自分を売った。









自分を壊したかった。


『目に見えない、体に傷が残らない自傷行為』を続けた…。







そんな時、マキ、君が現れたんだよね。






あの日、自分の弱さを…否…自分がどれだけ壊れていたかを初めて自覚しただけなのかもしれない。






旅行先で、マキと笑いあって、純粋に、金を挟まない関係で私を好きだと言ったマキ、最初、愚かだな。と思っていた。




『体を売って金を作っている私を、好き?どうせ、汚いって言うクセに。戯れ言を…ガキが…』




口には出さなかった。


でも、多分、好きだとは思ってなかった…。


好きになれると思っていなかったから。




いつも、ミナミの存在が邪魔していたから。


もう誰も愛せないと思っていたから。






マキは…昔の私のように純粋だった…。










…キ……た………な…………イ……。







新幹線の中で、自分が傷付くことに気付いた。

昔の自分を、傷付けるのだと。そう思った。
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