●恋愛小説●

□契―チギリ―第二章愛する者の死
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 その頃……。
「皆の者、異常はないか?」
 光明が見張りをしていた天神の者に聞いた。
「光明様!はい、今のところは何も」
 見張りの者がそう言った。
「結界がない以上、自力で守らなければならぬ。今、姫様が結界を張りに行った。結界が張れるまで、どうか皆の衆つらいだろうが、がんばってくれ」
「はいっ!もちろんでございます!」
 光明は笑顔でうなずき、そのまま天神の村の塀沿いに歩いていると、突然後ろから誰かに抱きしめられた。
「何者!?」
 光明は右肘を即座に、後ろに抱きついていた人のみぞおちに向かって突くと、ボスッという綿のような感覚がした。
「おいおい、俺を見誤るなよ」
 流甲斐が二、三歩後ろに下がった。
「流甲斐殿…悪ふざけが過ぎるんじゃないですか?」
 光明が頭を抱えて言った。
「そうか?おまえなら、分かると思ったんだけどな」
 流甲斐が笑いながら、光明の肩に肘を乗せた。
「このような非常時に、そのようなことは厳禁。討たれても文句言えませんよ」
 そう言って、流甲斐の肘を払った。
「なんか、よそよそしいな。光明、俺のこと好きじゃないのか?」
「なっ!馬鹿なこと申さないで下さい!御自分の立場分かっていらっしゃるんですか!?」
 光明が顔を紅潮させて言った。
「立場など、知ったことではない。好きという気持ちはそう簡単に割り切れるものではなかろう。俺は、それを未来で学んだ」
 流甲斐はそう言って、塀沿いに咲いている花をちぎった。
「流甲斐…」
「人生というものは儚く、そして短い。だからこそ、その短い人生を愛する者と一緒に生きたいと思うことは馬鹿なことなのか?」
「け、けれど…私達は、姫様をお守りすることが一番であって…」
「時歌様は大事だ。命を懸けて守ろうと思う。しかし、愛する人はまた別物。心一つで何事も変わるもの。我らの力が、敵に刃を向けることもあれば、こうやって人の心を和ますこともあるのだ」
 そう言うと、流甲斐の手の平から突然、水が噴出した。そして、その水が空中でハートの形を描いたと思うと、そのまま光明を包み込むようにして上から落ちてきた。
「わっ!」
「面白いだろ?未来流」
 流甲斐が笑いながら言うと、光明が呆れたようにため息ついて、側にあった石に座った。
「流甲斐殿は、相変わらずね。未来に行っても、何も変わってない」
「それは、褒めてる?」
「ええ。最上級に称賛してるつもりよ。こんな状態になっても、相変わらず笑顔でいられるなんて、羨ましい」
「…そうかな」
 流甲斐がそう言って、光明と背中合わせに石に座った。
「え?」
「笑顔だからって、その人が本当に楽しい気分とは限らないだろう」
「それじゃ…」
「ああ。本当は、泣いてばっかりだ」
 光明は目を丸くして、振り返った。
「そ、そんな流甲斐殿、想像出来ないわよ」
「当然だ。実際泣いたことは一度もない」
「一度も?それもそれで…」
「可笑しい?」
「いや、でもなんか…」
「可哀想?」
「…なんでも分かるのね、流甲斐殿は」
 光明がそう言うと、流甲斐が笑った。
「なんで、笑うの?」
 怪訝そうな顔で、光明が言った。
「人の気持ちなんて、そうそう分かるものじゃない。おまえの中の夢想を失った悲しみもおまえにしか分からないように…」
「!」
 流甲斐が光明にもたれかかった。
           
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