●恋愛小説●

□契―チギリ―第二章愛する者の死
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 二、笑顔だからって、その人が本当に楽しい気分とは限らないだろう。

「これが…その祠…」
 時歌がしゃがんで、壊れたガレキの跡を見た。竹林に囲まれたそのガレキは、あまりにもその場所で浮きだっていた。
「どうですか?」
 時歌の後ろにいた地木がそう言うと、時歌は残念そうに首を振って、立ち上がった。
「何も…感じない。本当にこの跡が祠なの?」
「そうでございます。これが天神を守る結界の祠」
 地木の言葉に、時歌がふと首をかしげた。
「ねえ、地木。この祠は、誰にも見つからないように結界張ってあるのよね?なら、誰がこの結界を壊したっていうの?」
「眼嗣者に決まっているだろう」
 暗鬼が眉をよせて言うと、地木が首を振った。
「それは…正直ありえぬことです。この祠の場所は、いくら眼嗣者でも分かるはずがない。それに結界を壊すなどということ、信じられぬ」
「えっ?じゃあ、誰が壊したっていうの?」
「…かなりの強者でございましょう。祠の場所を見つけた上に、結界を壊した。考えがたいことですが」
「触れば何か分かるかな?」
 時歌がガレキに手を触れようとした時だった。急に竹林がざわめきだした。
「な、何!?」
「…誰か来る!この足音、眼嗣者だ」
 暗鬼がそう言うと、時歌を抱えた。
「きゃっ!ちょっと、暗鬼!?」
「おまえは、あっちで隠れてろ!」
 暗鬼が時歌をガレキの向こう側に隠した。
「暗鬼!ここまで来られるとまずいです!先の方で待ち伏せしましょう!」
 地木がそう言って、竹林の中へ走り去っていった。
「あ、暗鬼!私も行く!」
 時歌がそう言って、暗鬼の忍び服を掴んだ。
「な、何言ってんだ!?危ないだろ!」
「私だって多少は戦えるわ!言っとくけど、向こうでは暗鬼より強かったでしょ?」
 暗鬼がため息をついて、時歌の肩を掴んだ。
「よく聞け、時歌。ここは、あそこの世界とは違うんだ。あそこでは、おまえは確かに強かったが、ここでは話が違う」
「そ、それじゃあ、暗鬼だって!」
「俺には、闇の力がある。天神の特別な力だ。けれど、今の時歌には…何も力がないだろう。そんな状態じゃ、すぐに命を落とすことになる」
「う…で、でも、地木と暗鬼が危ない目に遭ってるのを見過ごせない!」
 時歌が真剣な目で暗鬼に言った。
「時歌、分かってくれ。今のおまえがするべきことは、この祠を一刻も早く直して、結界を張ることだ。敵と戦うことは誰にでも出来ても、結界を張れるのは、おまえしかいないんだ」
「…分かった。でも、約束して。夢想みたいに…命を落とさないで。絶対に」
 暗鬼は黙ってうなずくと、その場を離れて、竹林の中へと姿を消した。
 冷たい風が暗鬼の去った後、時歌を包み込んだ。
「…何?光明?」
 その風はまるで、誰かが自分にさよならと別れのあいさつをしているみたいで、すごく不安になった。今すぐにでも、暗鬼と地木を追いかけて行きたいという衝動が溢れ出てきた。けれど今の自分は、所詮足手まといにしかならないということを認めなければいけなかった。しかし、自分は今するべきことがある。冷たい風が、時歌の心にひっかかったけれど、それを気にする場合ではなかった。
「お願い…みんなの力になりたいの」
 時歌は目をつぶって言うと、ガレキにもう一度触れた。
             
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