●恋愛小説●

□契―チギリ―第一章始まりの時空
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 静寂の闇の中、ひっそりとそびえる壮大な屋敷。水面に映り、魚が時たま飛び跳ね揺れていた。周りは木々に囲まれ、水の上に建っている屋敷は、澄み切った気配を放っていた。
 その屋敷の一室に、一人の少女が座って、散りばめられた星空と月をじっと見つめていた。その少女は、真紅の瞳をぼやけさせた。
「……時がきてしまった」
 少女は、着物の袖でそっと涙を拭き取った。そして、もう一度、星空を見上げた。
「時歌(じか)様…」
 少女が振り返ると、そこには一人の男が、片膝をついて頭を下げていた。
「…地木(ちもく)。何があった?」
 少女の問いに、男は苦悶な表情を浮かべて口を開いた。
「先ほどの、暗鬼(あんき)からの報告申し上げます。十の夜、丑の刻、眼嗣者どもが…我が天神族に攻め入るとのこと…」
「そうか…やはり、眼嗣は裏切るのか…」
 少女は、顔を曇らして、また星空を見上げた。
 男は、少女を見て悔しそうに拳を握り、また口を開いた。
「…十の夜までに、我らが天神族の五人衆、そして天神の者たちで眼嗣に攻め入れば…まだ間に合うかと…」
「…無駄よ」
 少女の答えに、男は目を丸くした。
「何故ゆえ、そう申されるのですか!?我らの天神の力に懸かれば、眼嗣族など!」
「地木、お主は眼嗣を甘く見ておる。昔ならば、そうであっただろうが、今はそう簡単にいくわけがなかろう。おそらく、多勢の犠牲が出ることが見えておる」
 男は、しばらく口を悔しそうに結び、より深く頭を下げた。
「時歌様。我らはあなた様のためなら命など惜しくありませぬ。どうか、ご命令を!眼嗣を攻め入ると…ご命令を!」
 男のその姿を見て、少女は少し驚き、そして笑顔を見せた。
「…地木。お主の心、嬉しく思うぞ。しかし、いくら主ら天神五人衆でも…力をつけてきている眼嗣五人衆相手だと無事に済むわけにもいかぬだろう。地木、ここに五人衆を集めてくれぬか?」
「その必要はありません」
 突然、男の声がしたかと思うと、天井から四つの影が降りてきた。
「暗鬼!?」
 男が驚いて、立ち上がった。天井から現れた四人は男と同じように片ひざをつき、少女に頭を下げた。
「ご無礼と分かっていたのですが…」
 暗鬼と呼ばれた男がそう言った。
「よい。暗鬼、眼嗣までごくろうであった」
「はっ!」
 少女の言葉に、男が深く頭を下げた。
「…光明(こうめい)、流甲斐(るかい)、夢想(むそう)。話は聞いておるな?」
 少女の問いに、三人がうなずいた。
                
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