●恋愛小説●

□露命―ロメイ―
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 地下の階段を上がって外に出ると、冷たい秋風が吹いた。
「…エミカ」
 スバルは必死に自分の記憶を辿って言った。けれど、自分の名前と共に捨てた女の名前を思い出すのは難しかった。店の客の女の顔を覚えても、実際自分が付き合った女の名前は、顔を含めて思い出せない。
 店の外の前には、一人の女の人が立っていた。後姿で、顔が分からない。
「あの、エミカさん?」
 スバルは女の人の肩を叩いた。その人は振り返った。
「あ…」
 スバルは一瞬固まった。彼女の顔を見て桜のあの日を思い出した。そして、一瞬にしてエミカという彼女がいたことを思い出した。
「スバル…」
 エミカは今にでも泣き出しそうな顔で言った。
「…あ、久しぶり」
 スバルは無意識にそう言った。
「私のこと…覚えてる?」
 そう聞くエミカは、何だか少し疲れた様子が見えた。
「ああ、覚えてるよ。変わったな」
 エミカは確かに変わっていた。昔の女子高生の雰囲気からは遠く離れていた。三年半経っただけなのに、こんなにも大人になっているのかと思うと、不思議な感じがした。
 長いロングの髪に、どこからか感じる大人の色気みたいなものが出ていた。
「…スバル、お願いがあって…」
 エミカは真剣な目つきでそう言った。
「何?」
「これ見て」
 エミカはカバンから一枚の写真を取り出すと、スバルに渡した。
 その写真には、エミカと二、三歳くらいの男の子が写っていた。二人とも笑顔で楽しそうな写真だ。
「誰、この子?」
「私の子ども」
 スバルは、写真を見た時点でそうじゃないかと思っていたので、そこまで驚かなかった。そう、エミカが大人に見えたのは、母親の雰囲気のせいかもしれない。
「それで、どうしたの?」
 スバルは、写真を返そうとエミカに渡そうとした時だった。
「その子…スバルの子よ」
「…え?」
 突然のことで、スバルの頭は真っ白になった。写真を持っていた手から、写真が風でひらひらと地面に落ちた。
「名前は…セイキ。星に輝くって書いてセイキ」
 エミカは、スバルと目を合わそうとはしなかった。何か、罪悪感のようなものがあるようにも見えた。
「冗談よせよ」
 スバルは動揺を隠すようにして、写真を拾った。
「そんなわけあるわけないだろ?」
「どうして、断言できるの?」
 エミカは顔を上げると、そう言った。
「だってそんな急に現れて言われても」
 スバルは困惑した。
「だいたい、何で今更?」
「それは…」
「普通に考えておかしいだろ。ずっと黙っていたやつが、急に言いにくるなんて」
「この子を…セイキを育てて欲しいの」
 スバルは目を丸くした。そして、笑った。
「結局、金か?」
「……」
「そりゃあ、そうだろうな。高校中退で子持ちの母を雇ってくれるところなどない」
「そうじゃない。今は…私も働いてる」
 エミカは下を向いた。
「なら、何で?」
 スバルは心なしかいらついていた。
「私…死ぬの」
 彼女の言葉は、あまりに唐突だった。

                 
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