●恋愛小説●
□露命―ロメイ―
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―――――サクラ――――――
桜吹雪…まさにそうだった。目の前には、学校の大きな桜の木が満開に咲いており、強風で大量の桜の花びらが舞っている。
スバルは、ただ一人そこに立っていた。
「十六…か」
スバルは、今日やっと十六歳になった。そして、今日のその日は、高校三年生の卒業式だった。
スバルは、目を細めてしばらく桜を見ていた。そして、五年前のあの日のことを思い出していた。
強風がやみ、桜の花びらが舞うことをやめた。すると、桜の木の向こう側に一人の少女が立っていることに気がついた。
―――少女の名前は…エミカだった。
エミカは、髪を茶色に染めており、顔は並より少しいい程度で特別美人というわけではない。どこにでもいる普通の女子高生で、化粧もするし、遊びもする。そして、エミカはスバルの彼女の一人だった。
そう、スバルもまたどこにでもいる、遊んでいる男子高生だ。違うことといえば、顔が特別かっこいいことと、誰よりもつらい過去を背負っていることだった。
エミカは、スバルに気がつき走って来た。
「スバル、急に呼び出してごめん」
エミカが少し顔をうつむいて言った。
「いいよ。久しぶりだね」
スバルは笑顔で言った。
エミカと会うのは、本当に久しぶりだった。ここ最近一ヶ月ほど、ずっとエミカは学校に来ていなかった。そして、連絡もなかった。
理由は知らない。また知ろうとも思わなかった。
スバルは、人に興味をもたない。それは傷つくのを恐れているからかもしれない。だから、女には自分から連絡をとったことはない。だから、相手から連絡がない場合、それは終わりを意味していた。
「…スバル、聞きたいことがあるの」
「何?」
すると、エミカは少し戸惑った。そして、スバルの方を不安げな顔で見た。
「…スバル」
「ん?」
「私のこと…愛してる?」
スバルは、少し呆気にとられた。
スバルに彼女が何人もいることは、エミカも知っているはずだった。そう女達は、皆スバルに彼女が何人もいることを知りながら付き合っているのだ。
だから、エミカがそんなことを聞くなんて思いもしなかった。
エミカ自身、自分が本気で愛されているなんて思っていないと、スバルは思っていた。
好きという言葉は言っても、愛してるとは一度も言ったことはなかった。今回も、同じだった。
「…好きだよ」
スバルは、甘い笑顔でそう言った。
「そう…」
エミカは悲しそうな目をして言った。
「どうしたの?突然」
「ううん…なんでもない、なんでもないの」
エミカは首を振った。彼女の目からは大きな涙粒が零れ落ちていた。
「エミカ、おかしいよ?なんで泣くの?」
スバルは、顔を歪めてそっとエミカの涙を拭った。
「…だって、ほら今日は卒業式だから」
エミカはまだ涙を流しながら、スバルを見た。
「卒業するのは三年生だよ?おかしいよ」
「そうだね…おかしいね」
「エミカ?」
「ありがとね…」
ふいにエミカがつぶやいた。
「え?」
すると突然、強風が吹いた。
「本当に…ありがとね」
エミカは涙と桜吹雪の中で、笑顔だった。
スバルの心臓が少し動揺した。エミカの笑顔は、今まで見たどんな笑顔よりも透き通っていて、きれいだった。
そう、それはまるで、汚れを知らない桜のように。
エミカは、それから何も言わずに姿を消した。
少し気になったが、やはりスバルから連絡を取ることはなかった。何とも思っていない彼女がまた一人姿を消した。その程度だったからだ。
―――桜の笑顔。
それだけが、不思議とスバルの頭から離れなかった。エミカが学校を辞めたと知った時、スバルが思い出したエミカの姿は、桜の中で笑うエミカだけだった。
「エミカ…」
けれど、人の記憶はしだいに淡くなっていくもの。
桜が緑になる頃には、スバルの頭の中からエミカの笑顔は消えていた。そう、エミカの存在はその時、桜と一緒にスバルの中から去ってしまった。
もう…二度と思い出すことはない。
―――そう思っていた。