●恋愛小説●

□古ぼけた一枚(作成中…)
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「そう、それ!そのままね」
 彼はそう言って、自分の指でカメラのファインダーを作った。そして、綺麗な瞳で私の方を見ていた。
「カメラ…そんなに好きなの?」
 なんとなく思ったことを聞くと、彼は指の形を崩さずに、
「うん」と頷いた。
「何が楽しいの?」
「分からない」
「分からないのに、楽しいの?」
 私の中で、また笑いが込み上げてくる。
「うん。撮りたいから、無意識のうちに撮っちゃうんだ。今は、この一枚をすごく撮りたいかも」
 彼が言った言葉は、普通に何気ない一言。でも、この一枚イコール私のことを結びつけたら、私にとってはただの一言ですますことが出来ない。私の身体中の血が、一瞬沸騰しかけた。
「馬鹿じゃない?」
「馬鹿じゃないよ」
 彼は真面目だった。真面目にそう答えた。私なんかを撮って、どうなるのだろうか。ただの変な女の写真という事実だけが残り、それ以外の何物にもならない。彼の実物ではないファインダーには、私はどのように写っているのだろうか。ただの変な女ではなく、もしかしたらもっと特別なものに見えているのかもしれない。けど、それでもそれは、今の私には関係ないことだった。彼のファインダーから見えている私が違ったものだったとしても、現実に存在している私は、私でしかない。それで、これからの人生が変わるわけでも、何でもないのだ。今私が求めているものは、ただこの時間を一刻も早く終わらせることだ。

「終わったの?」
 私が首を傾げて聞いた。
「あ……ごめん!」彼はそう言った。
 そして、私のシャーペンをまた握って、日誌に向かう。さっきまでの止まった時間が、嘘のようだった。
『月ヶ瀬って、綺麗だよな』
 私は顔を歪ませた。彼の横顔と、その言葉がやけに鮮明に、私の中で留まっている。もし、その言葉が真実だとしたら、私はどうしたらいいのだろうか。
 私は首を横に小さく振った。どうもしなくていい。いや、それが真実だということすら真実ではないのだから。彼が何気なく言った一言は、きっと私とのこの沈黙を終わらせるきっかけ作りに他ならない。きっと、そうなのだ。
 そう、きっと、そうなのだ。
         
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