●恋愛小説●

□古ぼけた一枚(作成中…)
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「月ヶ瀬って、綺麗だよな」
 突然の彼の言葉に、私は思わず噴出しそうになった。私は、落ち着くと、
「何言い出すの?赤泊くん」そう言った。
 放課後の教室で、日直の私達二人は、黙って日誌を書いていた。正確に言うと、書いていたのは私だけだが、彼はじっとそんな私を隣の席に座って見ていた。私は、その目線が異常に痛くて、正直やめて欲しかった。
 外では、野球部のバット音が軽快に鳴り響き、体育館でバスケットボール部が球を突く音が響いていた。そして、遠くからは、ブラスバンド部が練習する楽器の音が聞こえてくる。そうやって、皆それぞれ放課後の時間を有意義に過ごしている中、彼は黙って私を見つめていた。もう、いい加減にやめて欲しいと言おうかと思っていた時、それまで黙っていた彼が、突然そう言ったのだ。
「いや、正直な感想」
 彼は動揺するわけでもなく、ただきょとんとした顔でそう言った。「被写体には、もってこいって感じだよな」
「被写体?」
 私は思わず、聞き返してしまった。
「そう、被写体。俺写真やっているから、自然にそう思ったんだ」
「写真って、写真屋さんか何か?」
 私の言葉に、今度は彼が目を丸くした。
「…それって、冗談で言ってるよね?」
 彼はまじまじと、私を見てくる。
「え、違うの?」
 すると、彼が突然大声で笑い始めた。彼の笑い声は、誰もいない教室に見事なまでに響いた。きっと廊下まで聞こえているのではないか、と思えるほどだった。私は、最初はただ呆然としていただけだったが、あまりにも長い時間笑っているので、さすがに苛立ってきた。
「やめてよ、そんなに笑うの」
 かなり冷たく言ってしまった。彼は笑うのをピタリとやめた。
「ごめん、だって、まさか写真屋が出てくるとは思わなかったから。そうじゃなくて、俺が言ったのはこっちの方」
 彼は、カメラのシャッターを切る動作をして見せた。そこで、やっと私は理解できた。彼が言っていたのは、売る方ではなく、撮る方だと。
「それなら、ちゃんと撮るって言ってよ。写真は名詞で、動詞じゃないわ」
「いや、だって普通に撮るって分かるよ。普通はね」
 彼がやけに『普通』を強調して言ったので、私はむかついた。まるで、それでは私が普通じゃないみたいだ。
「はい、私の分書き終わったから」
 私はそう言って、彼に日誌を渡した。私達のクラスは、今日の反省の部分を二つに分けて書かなければいけない。先に書き終えた私は、少し乱暴に彼に突きつけた。
「ああ、サンキュウ。あ、シャーペン貸してくれない?」
「はい」
 私は、自分のシャーペンを普通に渡した。心の中では、突き刺してやろうかしら、とまで思っていた。なぜだか、私は同じクラスになって、彼のことを知ってから彼に好意を持つことが出来ずにいた。今、季節は夏前。もうすぐ、彼を知って半年経とうとしているが、彼は今でも私の中で苦手な存在として、インプットされていた。
 窓から差し込んだ夕陽が見事なまでに私達を照らし、窓際に座っていた彼は、私からは逆光で、半分黒く見えていた。彼は微妙に機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら、手を動かしていた。その姿が苛々してしかたが無かった。
「うるさい」
 私は思わず口に出して言ってしまった。言った後で、もちろん人は後悔をするわけで、私も当然ながら、後悔した。彼は多少なりとも傷つくはずだ。
「え?」彼が言った。
 彼は傷ついていなかった。自分が鼻歌を歌っていたことすら、気がついてなかったのだ。私は呆れて、ため息をついた。
「楽天家」
 そんな言葉が頭に浮かんで、そう口にしていた。
「俺?」
 彼が、シャーペンで自分をさした。
「うん。他に誰がいるのよ」
 私はそう言って、少し笑った。なんで笑いが出たのかは、分からない。でも、彼があまりにも不思議そうに、自分をさした事に面白みを感じたのだ。
             
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