memo


◆例えば、こんな風に [追記]

「陣内センセ。私、彼女をね、見つけたよ」

 唐突に、昆が呟いた。
 それは、『彼女が出来たよ』という意味なのか。と、一瞬考えたが、消え入りそうな、溜め息が混じるような声の、『彼女』という言葉の響きからは、どうも違うニュアンスを感じ、ほんの少し間をおいて、俺はただ、「そうか」と返す。「良かったな」はどうにも不適当に感じたのだ。

 週に二日ないし三日の、家庭教師の日であった。とはいえ、高校を休みがちというだけのこの少年は、先日の模試で全国10位以内に輝いた程度には勉強が出来る。家庭教師など今更必要無いだろう彼にとって、俺は寧ろ話し相手でしか無かった。若しくは、監視員。
 昆は口許に淡い笑みを浮かべながら、左目を覆う眼帯を指でそろそろと擦る。中学生の頃に自ら傷付けたらしいそれを、彼は『願掛け』だと笑って言う。家庭教師として初めて会った日に、彼は今の様に眼帯を擦り、「ひとつ、叶った」と微笑んだ。俺が昆の元へ通う様になってから昆の精神面という奴は非常に安定したらしく、少々過保護な嫌いのある彼の両親が、大して彼の成績には貢献していない俺に安くない月謝を払い続けているのはそういった理由があった。
 つまり、俺は、その役割に添うとするならば、まだ話したそうにしている彼の『彼女』について聞かねばならないのだろう。

「その、彼女というのは、どんな人なんだ?」

 だから、聞き返した。
 子供部屋にしては広い部屋の、高校生の彼に与えられるにしては立派なソファーに腰掛けた昆は、読み掛けの文庫本を閉じて脇に置き、また眼帯を擦る。

「彼女は、今は私よりも、君よりも年が上になってしまっていたよ。髪は長くてさ……あれは夫なんだろうなぁ。指輪をしていたし」
「そうか」

 彼は自分の事を『私』と、妙に大人びた呼び方をする時がある。両親がいるところでは『僕』で、『私』は専ら、俺の前でしか聞いた事が無い。学校について話すときは『俺』が出てくる事が多い。相手に寄って見せる顔を、使い分けているのかもしれない。

「とても幸せそうだったよ……可哀想に」

 昆はそう、苦笑めいたものを浮かべながら、溜め息を吐く。

「可哀想。というのは?」

 湿った様な溜め息は、嘆きというよりも、幸福に浸るそれに聞こえた。

「だって、私に見つかってしまったんだもの」

 隠されていない右目は、小さな子どもの様な澄んだ光を放つ。

「あの子は時期に、今、当たり前の様に持っている幸せを奪われることになるんだ。私と共になるために」

 そう、明るい瞳で、少し苦し気に、だが嬉しそうに囁く彼に、俺はまた「そうか」とだけを返す。
 毎度、彼の様子を訪ねてくる彼の両親に、「今日の息子さんは何処ぞの人妻に対する略奪願望について語ってくれました」なんて、冗談でも言える筈が無いな。と、そんな事を、俺は何故か知らないがうっすらと悲しい気分を抱えて、ぼんやりと考えている。


<その他キャラ妄想> 2019/02/08(Fri) 23:22 コメント(0)

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