理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□平穏は望んで与えられる訳じゃない
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「鉢屋先輩、本当に加わらないで良かったんですか?」

 腰に縄を付けられた三之助がそう、首をかしげた。縄はかなり硬く結われた頑丈なもので、改めて見ると、酔狂というのか面妖というのか、体育委員会の気風を良く表している様に思う。

「さっきも言った通り、下級生だけ置いていく訳にはいかないからな。それに私は学級委員長、生徒の安全管理も仕事の内なんだよ。視察で来ているから遊ぶ訳にもいかない」
「まあ、あれは遊びの向きもありますけど、七松先輩流の鍛練ですよ。それにしても、視察、かあ」
「ああ、それがどうした?」
「いや、俺、てっきり鉢屋先輩は、葵さんの保護者っぽい役割でいるんだと思ってたので」
「へぇ。お前にはそう見えたのか?」

 まあ、完全に否定はできない部分だ。思わず苦笑が浮かぶ。

「いや、俺がというより、数馬が言ってたんですよね」
「数馬……というと、保健委員会の」
「はい。何でも、あのタソガレドキの雑渡昆奈門さんの来訪があったとか?」
「……昨日の今日で、情報が速いな」

 忍者の学舎として、その情報共有の明るさは正しいのか間違っているのか、微妙な所だ。

「数馬が、鉢屋先輩が葵さんを守っている様に見えたって言ってたんですよ。そう言われれば、何時も付かず離れずって感じだなあって俺も思って」
「なるほどな」

 存外に良く見ている。まだ三年生とは言え、いや、翌年には上級生の仲間入りとなる三年生だからこそ、侮るべからずと言うべきか。思えば、伊賀崎以外は、委員会では六年生精鋭の後輩になる訳だ。あの方達の指導の元において、他愛無いなんて事は決して無いだろう。

『守っている』については、否定も肯定もしない。間違いでは無いが、できている訳では無い。それを口に出す意味も無い。

 昨日の雑渡昆奈門と、葵の様子がふと私の頭を過る。
 自分が踏み込めていない部分で、二人は通じている。そしてそれは恐らく、あの人、利吉さんについても言える話だ。あの祭の日に、私の知らぬ所で、本当は何があったのか。それは、今も続いているのか。
 葵に問い質せば、答えるだろうかと、考えはしたが、考えるだけで、それは出来ていない。
 葵は、きっと、答えない。これは私の妄想なのかもしれないが、私に問い質され無い事で、葵は安らいでいれる様な気がしている。下手に踏み込めば、あいつは私にも、誰にすらも届く事ができない場所へ行こうとするのでは無いかと、そんな気がしている。
 葵に言った通りに、何時だって、分かってやりたいと思っている。私が、本当にそう思っているんだという事を、あいつにちゃんと気付かせないといけない。話は、それからだ。

「……じゃ。此方もぼさっとしてないで、試走再開するか」

 三之助の問いには結局、否定も肯定もしないまま、四郎兵衛と金吾を振り返る。

「は、はい」
「でも、葵さんは大丈夫なんでしょうか」
「滝夜叉丸先輩が言った通り、七松先輩はああ見えて本当に容赦ないですよ」

 金吾、四郎兵衛、そして、先程まで淡々とした物言いだった三之助まで、なんだかんだで心配そうに私を見上げて来るものだから、

「……ああ見えて、あの山猿は私達、五年生の一人なんだよ」

 私の顔には、また笑みが浮かんでしまうのである。




 殆ど樹上を飛び続けて、試走コースを全く無視しての、最短距離を選んだ完全な宿地。とはいえ、相手は特殊な戦闘民族と言っても過言では無い人だ。私と滝夜叉丸が目的地に着いた時には、七松先輩は既に着いていた。

「九十五、九十六っ、と、おお着いたか!」
「せ、先輩……!?」

 開いた口が塞がらないと言うのはこの事だ。七松先輩は、百を数える為に腕立て伏せをしていた。ていうか、九十六て……あ、危なかった!危なかったぞ私達!!
 ヒヤッとするやら、ゾッとするやら、思わずその場に膝を着いて倒れ込む。滝坪からの涼しい空気に、肩で息を整えている私に対して、滝夜叉丸はふらついてもいない。流石と言うのかなんと言うのか。

「うん?どうした滝夜叉丸?」

 七松先輩の怪訝そうな声。

「納得いかないって顔してるぞ、お前」

 納得いかないって、一体、何が?
 地面にへたり込んだまま滝夜叉丸を見上げれば、チカチカする視界に、口許を食い縛り眉を吊り上げた横顔が見えた。
 滝夜叉丸は、ぐっと拳を握り、口を開く。

「……私は今まで、宿地を使っても百までに辿り着けた事はありませんでした」

 それは、通常運転の饒舌さの全く無い、重々しい低い声だった。

「おお。そういやそうだったな!やったじゃないか滝夜叉丸!」

 七松先輩は、滝夜叉丸の放つ空気に気づいているのかいないのか、あっけらかんと笑顔で言った。滝夜叉丸の表情はまた険しくなる。

「ええ……。葵さんに先導され、漸く、です」
「うぇっ?え、わ、私?」

 此方を睨むように目を向けられ、思わず飛び起きる。

「あ。そ、それはお役に立てて良か」
「葵さんの動きには迷いが極端に少ない。道を選ぶ判断力と瞬発力は勿論ですが、何よりも、速い。地面を走っている時の姿から想像が着かない程にです」
「……ど、どうも」

 おっ被せる様につらつらと言われた言葉は、言葉自体は評価されているんだろうけど此方を睨む様な眼光が鋭過ぎるせいで、誉められている気はしない。
 七松先輩は、そんな滝夜叉丸と私を見比べて、わしわしと頭を掻く。

「ははあ。で、お前は悔しがってるって訳だ」
「……認めたくはありませんが。正直な所、失礼ですが、私は葵さんの実力がこれ程とわっ!?」

 七松先輩は、いきなり滝夜叉丸の脇腹を掴んでひょいっと持ち上げた。

「な、なにをっ!ぶわあっ!!」
「えっ、ちょっちょちょちょおっ!」

 持ち上げた滝夜叉丸を次の瞬間には、ぽいっと地面に投げ捨てて、今度は私もまた同じ様に持ち上げる。

「ぶべっ!?」

 で、私も投げ捨てるんかいこの人は!

「……んー。やっぱりだな!」
「な、何がですか……?」

 地面に仲良く転がった私達は、突然の奇行に走った七松先輩を呆然と見上げる。

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