理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□禍福はなんちゃらがほにゃらら
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 あいつは今日、八左ヱ門に薬草の見分け方を教えてもらうらしい。
「そんなに長くは掛からないと思うから図書室とかで待ってて。今日は保健委員会に行こう」
 とかなんとか言ったあいつ、葵に言われた通りに私が大人しく図書室にて待っているかと言われれば、答えは否だ。
 図書室には行った。行って、本を借りて、雷蔵と少し言葉を交わしてそれから私は図書室を出て学園内をふらふら歩いている。
「待っていなくて良いのかい」
 と聞いた雷蔵には、
「面倒な事は嫌いなんだよ」
 と答えた。
 雷蔵は、
「三郎はしょうがないな」
 と優しく笑った。
 ふらふら、とは言ったが、それは無目的な徘徊ではなく、何処かで八左ヱ門と一緒にいるのであろう葵を探しての事だ。
 あの馬鹿は、先日己の口から件の八左ヱ門と恋仲であった記憶の話を私にしている事をどうやら忘れている。若しくは、当人の中ではそれほど深刻な事柄では無いのかもしれない。どちらにしても、人の気も知らずにと私が遺憾に思うのも、ざわざわとした胸糞悪い落ち着かなさを感じるのも無理は無いと思う。
 ああ、本当に、あの馬鹿め。

 八左ヱ門は、良い奴だ。
 事実、周りから良く「良い奴だ」と言われる奴なのだが、それには時折「都合の」という意地悪いオマケを着けている輩だっているのはいるのだが、それはまあ置いておいて、八左ヱ門は良い奴だ。
 いや、良い男だ。
 付き合いの長い私が胸中で断言しても良い。決して口に出して言いたくは無いが。

 責任感が強く、明るく真っ直ぐで、打算的なものを感じさせない。優しいが流されやすい訳ではなく、しっかりと強かで自分というものがはっきりしている。
 自己評価がやや低めなのがたまにキズではあるし、事実、飛び抜けた技能や機知を持つわけでは無いが、その裏返しとして決定的な弱点も持たない。それは、当人の実直な努力があるからだ。
 正論を地で体現する男。
 それが、私から見た竹谷八左ヱ門だ。
 八左ヱ門は、良い男だ。そして、これからも、きっと更に、良い男になる。

 だからと言って、そう、だからと言ってだ。

 漸く見つけた。
 八左ヱ門と葵は楓の木陰にある岩に並んで座って何事かを密やかに話していた。何と無く気配を消して、それを遠くから伺っている自分は端からどう見えるのだろうか。
 葵の雰囲気は、構えも何もない力が抜けた穏やかなもので、何の憂いも無さそうな穏やかな笑みを浮かべて八左ヱ門を見ている。
 八左ヱ門の大嘘吐きめ。何が『何時も泣きそうに笑う』だ。
 私では……等と浮かび掛けた言葉を力任せに押し込んで揉み消す。
 私は大きく息を吸ってそして吐く。
 八左ヱ門は良い男だ。
 私は奴を友として好ましく思っている。
 だからと言って、いや、だから気が気でないという心情を、どうにも私は持て余していている。
 この状況は、厄介極まりない。でも、今の自分が周りからどう見えるのか、等と悠長な事を考えている限り私はずっと傍観者のままだ。

 厄介なのは、状況では無く、それに要らぬ考えを着ける自分の心なんだろう。
 もう一度、大きく息を吐いて、私は私の好ましい友人と、語るに難しいでもどうにかしたいあいつの側へと歩き始めた。




「あ、三郎」

 ハチがそう言ったと同時に、近付いて来るその気配が唐突に濃く立ち上がった様に思った。
 その事に内心で一瞬、ん?と、首を捻る。
 さっきまで、もしかして、そこにいた?
 だがそれは、聞いても意味が無いというか、多分聞いてもまともに答えてくれないだろうから、私はその疑問は一切口に出さず、此方へ歩いてくる三郎を見る。

「図書室で待ってて。って言ったのに」
「遅いし。待ってるのが暇だったからな」

 そう三郎はやれやれとでも言いたげな表情で私を見る。

「八左ヱ門先生の講義は終わりましたか葵君」
「うん、まあね。有難う八左ヱ門先生」
「いやいや、どういたしまして」

 頭を掻きながら苦笑するハチ。
 何と無く、その場は解散の様な雰囲気になったので私は立ち上がる。
 三郎は「じゃ、行くぞ」と踵を返した。

「行ってくるね」
「おう」

 ハチは始終苦笑を浮かべたまま、手を振る私を、小さく手を上げて見送るのだった。

「保健委員会だったか」
「うん、そう」

 三郎の背中にそう答える。
 それが合図でもあったかの様に、少し遠くの方で、情けない叫び声が聞こえた。
 私と三郎は顔を見合わせる。
 三郎はにやっとして、私は私で引き釣った苦笑。
 
「噂をすれば」
「ほにゃららってか」

 私達はその叫び声が聞こえた方へと、二人並んで駆け出した。

 さて、予想通りというか何というか。
 辿り着いた先で見たものは、地面にぽっかりと空いた穴と、その周りにひっくり返った籠と、物干し竿と、散乱した……えっと、あれだ。下帯。

 穴の中を覗いてみれば、そこから這い出ようとしているジャニーズ系優男と目が合い、彼はきょとんと目を瞬かせてからにっこりと笑う。

「やあ。鉢屋に藤山さん」

 にこやか爽やかな保健委員会委員長、善法寺伊作先輩。
 首から下帯を数枚引っかけているのが、なんとも趣深いのだった。

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