咄、彼女について

□藍の手・其の三
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 暫く歩いていけば、すっかり暗くなった道の先に、人影が幾人か、佇んでいるのが見えた。
 先程の事もあり、つい一瞬、身構える。その人影の塊から一人、大きく手を振りながら転がる様に走って来たのは、

「鏡子! 留三郎を見つけたんだな!!」

 小平太だった。
 何故此処に。と、呆けている俺を見てにっかりと笑う。その背後から一人、また一人と駆け寄ってきた。長次に、仙蔵、そして、文次郎だ。

「な、んで、お前ら……」

 漸く出てきた問いに、苦笑を返したのは長次。仙蔵はやれやれとでも言いたげに首を微かに振り、文次郎は無愛想に顔をしかめていた。小平太は相も変わらずぺかぺかと光るみたいな能天気に人懐こい笑顔。

「だって、留三郎だけ狡いじゃないか」
「はぁ?」

 脈略の良く分からない小平太の説明に首を捻る。

「小平太が面白そうだから自分達も行こうって、言い出したんだよ。それで、皆でこっそり抜け出してきた」
「またもや姿をくらました善法寺伊作を探しに行くんだろう? 面白そうというのは不謹慎だけれども、探すなら人手はあった方が良いじゃないか」

 長次と仙蔵がそう補足した。

「こっそり……って事は、先生には何も告げずにか?」
「それは、お前もだろう」

 仙蔵の言う通り、先陣を切ってしまった手前で言うことでも無いが、これは端から見れば伊作のみならず更に五人の生徒が姿をくらました事になってやしないかと、先生方の慌てる姿や怒れる姿が頭に過る。

「細かい事は気にするな!」

 当時から既に健在だった小平太の常套句に盛大に顔を歪めるのは文次郎だ。

「……いや、少しは気にしろよお前ら。これ寧ろ事態を大事にしちまってんだろ」

 どうやら、しかめっ面文次郎も俺と似たような見解らしい。

「それを今更言ったって仕方ないだろうが、こうなりゃ俺達で伊作見つけて帰るしかねえよ」

 それが妙に気に食わなかった俺はそう反論した。小平太はふんふんと勢い良く頷き、長次と仙蔵はにやりとし、文次郎は溜め息を吐くのだった。

「でね。僕達、鏡子ちゃんが、留三郎を先に見つけて来ると言ったから待っていたんだよ」
「だから、ちゃんは、止めろってぇの」

 鏡子の苦言を然して気にする風でも無く、長次はふと、目線を落として何処か一点をじっと見ている。仙蔵もそれは然り。仙蔵については、呆れた様に眉を軽く潜めていた。

「然し、まあ。無事で良かったというか、仲が宜しいようで何よりだな」
「……え? あっ、のわあっ!?」

 そう仙蔵が言った事で、俺は漸く今の今まで鏡子と手を繋ぎ合っていたことに思い至った。
 不思議な事に、言われるまで、俺はその事について何一つ違和感を感じていなかったのだ。稚児じゃあるまいし、友達同士でも手なんか滅多に繋がないというのに、まるでそうすることが当たり前であるかの様に、鏡子の白い手は俺の手と絡み、しっかりと繋がれていた。
 その時、ほんの一瞬、頭の中で何かしらの像が結びかけたのだが、それははっきりと形になる前に動揺と羞恥に流され、俺は音が鳴る程に勢い良く鏡子の手を振り離し、飛び退くのだった。

「おまっ!? お前っ! お前、なんで繋いでんだよ!?」
「あやぁ、留三郎が離さなかったんだよぅ」
「ほざけ!!」

 顔から火が出るくらいに耳の先まで熱くしながら怒鳴りつけれども、やはりというべきか、鏡子は何処吹く風なのである。
 ふん。と、鼻で笑うのが聞こえた。文次郎である。今度は怒りで額が熱くなってきた。

「何だよ!? 何か文句でもあんのか!?」
「文句なんかねぇよ。くのたまとお手々繋いでヘラついている奴なんかが、人探しだなんて出来るのかと思っただけだ」
「何だとこの馬鹿もんじが!」

 文次郎に掴みかかろうとする俺をどうどうと宥め抑えたのは長次で、次いで仙蔵が文次郎の頭をべしりと叩いた。

「てっ! 何すんだ仙蔵!?」
「今のは文次郎が悪い」
「何でだよ!」
「必要以上に喧嘩を売るな。今はやいのやいのとやりあっているばやいじゃない」
「そうだぞもんじ。留三郎にごめんねしろよ」

 仙蔵と小平太に詰め寄られて文次郎は目を白黒とさせる。

「だ、だからなんで俺が……」
「嫌な事や失礼な事を言って怒らせたなら、謝るのは当たり前じゃないか」
「ああ、その通り。正論だな小平太」
「そうだ。せーろんだぞもんじ!」
「……意味分かってねぇだろお前」
「細かい事は気にするな。とにかくごめんねしろよ」
「これだってこまけえだろ」
「友達と仲直りする事は細かくないぞ」
「べ、別に友達じゃねえし」

「……もう良いよお前ら」

 俺はそう溜め息を吐いた。仙蔵や小平太が詰めてくれたお陰で多少怒りは収まったし、二人に囲まれている文次郎が何やら少しばかし気の毒にもなってきた。

「別に謝って貰わなくても良い。それよりも伊作を早く探しに行こうぜ」

 文次郎は俺を見返して、力の限りに顔をしかめた。少し間を置いて、のろのろとした歩みで俺に近付いてくる。

「何だよ。まだやる気か?」
「…………かった」
「あ?」

 文次郎が、苦虫を千匹くらい口にいれてるみたいな顔で、物凄く小さな声で早口に何かを言った。全く聞こえなかった俺が首を捻れば、真っ赤な顔になり此方をぎっと睨み付け、

「わ! る! かっ! た! な!!」

 と、唾を飛ばすほどの大声で怒鳴るのだった。
 凡そ、謝罪らしくないそれを言い切った文次郎は目にも止まらぬ早さで踵を返し、ずんずんと道を歩き始めた。

「なんだありゃ……」

 と、呆れる俺。
「あいつは負けず嫌いだからな」と、仙蔵が楽しげに笑う。

「ちょっと待ちなよ文次郎! 闇雲に動き出したって探す当てなんか無いだろう?」

 長次はある種我関せずで、ずんずんと歩く文次郎の放つ空気など諸ともせずに引き止める。
 再び文次郎が何やら気の毒に思うが、当てが無いというのは確かだ。
 俺は、何と無く、本当に、何気無く、鏡子に目をやる。

「……なんだよぅ。皆して」

 鏡子がそう言った。気が付けば、鏡子を見ていたのは俺だけじゃない。

「鏡子。何か、策はあるか」

 仙蔵の問いに、鏡子は微かに首を縦に振るのだった。

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