咄、彼女について

□藍の手・其の二
1ページ/2ページ

※……名前も出てこないモブですが、オリジナルキャラのくのたまが喋ってます。


「だあぁかあぁあらあっ!! こっちの道のが早いつってんだろうが!!」
「いいやっ! 此方へ進む方が確実なんだよ! 絵図に決められた道順が示されてあるのだからそれを」
「があああっ!! んなことうだうだ言ってるから時間が無駄になんだよっ!」
「無駄になってんのはいちいちお前が噛みついてくるからだろうが!」
「そっちがだろ!?」
「お前だろ!」
「お前だろうが!」
「お前だああーっ!!」
「お前! お前っ! お前ぇえ!!」

 何だって構わないからいい加減にしろ。と、叱りつけるのすらもう諦め、私は本日何度目かの溜め息を吐く。

 一年生男女混合フォーマンセルオリエンテーリング……にて、同じ組となった、文次郎と留三郎。この二人、どうやら気が合わないのか悉く意見が分かれる。
 分かれ道に来る度に、通過地点の問題を解く度に、互いの言い分考えの方が正しいと主張し合うのである。最初の内はお互いに遠慮し合い譲り合おうとするところも無いわけでは無かったが、それもたった半時程の間の事であった。今は、何度目かの分岐点において、絵図には無いが近道となる道を行こうと主張する留三郎と、指定された道程を外れるべきでは無いと主張する文次郎が激しく張り合っている。
 留三郎が言う『時間が無駄』というのは大いに頷けるが、その原因を作って、しかも現在も着々と無駄にしていっているのは他ならぬこいつと文次郎なのである。とんでもない貧乏クジを引いた。と、嘆きたい所だが、もう今更それを言っても仕方が無い。ここまで来ると憤るのすら煩わしくなってくる。同じ組のもう一人であるくのたまの女子に至っても、最早何も言わず冷めきった目で、ギャンギャンと吠え合う二人を眺めているのだった。

「……何と言ったら良いか、同じ忍たまとして情けない。すまない、迷惑を掛けて」

 そう、彼女(薄情な話だが、今となっては名も覚えていない。確か、何かの鳥の名に似た響きであった様に思う)に謝罪すれば、冷めた眼差しのまま私を横目に見て、小さく肩を竦める。同じ年頃であろうが、仕草も表情も彼女達くのたまの方がやはり幾分か大人びていた。

「別に? 私は良いわよ。数合わせの有志だもの。この調子じゃ残念ながら成績の足しにもならないけど、響きもしないから……でも、あなた達はもう補習確定ねぇ」

 お気の毒。と、せせら笑う彼女に私はまたも深い溜め息を吐く。

「あなた、優秀って有名なのに、こうも足引っ張る奴がいちゃあ敵わないわよね」
「……まあ、運も実力の内と言うからな」

 貧乏クジを引いたと感じているのも確かだが、仮にも同輩である文次郎達をはっきりと足手まといであると言われるのもそれはそれでカチンと来るものがある。それに噛みつく程の気力も無かったが声が低くなるのは仕方が無かった。彼女は小さく鼻で笑う様な音を立てる。

「くノ一教室には、優秀と目立つ奴はいるのか?」

 少し尖った様になった雰囲気を崩すつもりで、私はそう世間話を持ち込んだ。文次郎と留三郎の決着が着くまでの暇潰しとも言える。

「そうねぇ……私達、殆どが行儀見習いで入学してるから、あなた達みたいに突出した子も目立つ子もそういないと思うけど」

 ふと、胸中によぎった、白い面輪と柔らかに揺れる癖のついた黒髪。

「……下坂部鏡子、は、」

 思わず、その名が口を吐いて出て、口を閉じる。隣の彼女から視線が降ってくる。

「…………ああ、鏡子さん。あなた達と同期の。そうね……あの子は確かに、ある意味では、目立つわ」
「ふぅん、そうか」

 然して興味の無さげな声色で返したつもりだったが、彼女は楽しげに目元を歪めて尚も口を開く。

「嫌われている訳でも無いけれど、誰とも特別親しくしている様子は無い。殆ど何時も一人で過ごしてるのに寂しそうでも無く、変わった子よ……なに、あなたって、ああいうのが好みなの?」

 からかう様な彼女の口調に、私は答えを返さない。
 最早言い合う事もせず、肩で息をしながら無言で睨み合っているだけの文次郎と留三郎の元へ行き、二人の向こう脛に交互に蹴りを入れてやるのだった。鼻で笑う様な音が、また、背後から聞こえた。

.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ