咄、彼女について

□ともがら・其の二
1ページ/2ページ

※……伊作の出自捏造あり。

 学園に入学して直ぐ、同じ組になった奴の中で、一人、妙に大人びたのがいるなと思った。それが、立花仙蔵だった。

 一年生といえば、年はまだ十はそこらの子ども、家柄によれば大人の扱いを受ける者もあれど、農家百姓の次男坊に三男坊や商家の坊っちゃんなんかも混ざった、玉石混淆となれば皆一様に年相応に餓鬼っぽいものだ。
 玉石混淆と言うならば、仙蔵は間違いなく玉の方だった。とはいえ、周りの石ころを馬鹿にする風でもなく、然し、周りとはやはり少し何かが違うのだ。強いて言うならば、今も昔も、何事にもそつのない奴である。
 そんなそつの無さが、昔の俺は妙に気になって仕方が無かった。気に食わなかった、とは少し違う。敵わねぇなあと思いつつも、素直に凄いと憧れるには癪に思うと言った感じだ。
 然し、知り合っていく内に、このそつの無さは奴の一面でしか無いことに、しかもかなり外聞向けの一面だという事が分かってくるのである。確かに仙蔵は何事にもそつの無い優秀な男だが、同時に横柄だったり物臭だったり悪ふざけが好きだったりと存外に中身が悪童クソガキなのだ。
 その見解は六年までの同輩として付き合いの中で培ってきたもので、今後変わることは無いとは思うし、そういった見解を俺に与える事になった仙蔵に関しての思い出は言わずもがな、碌でもないものが多いのである。


 一年生の、田植え休みが終わった頃だと、記憶している。

 久しぶりだなと挨拶を交わし合う賑やかな教室。俺もまた休みはどうだったかだとかの他愛無い談笑を級友と楽しんでいた。
 ふと、教室の、自分の席に目が行く。そこは当時、仙蔵と相席であった。
 既に席には仙蔵が座っていて、教室のざわめきと反して静かな風情で教科書に目を落としていた。仙蔵は独りだったが、寂しげでも所在無げでも無く、しゃんと伸びた背筋と、目付きの鋭い横顔が押し付けがましくない程度の存在感を放っていた。
 その姿を見た俺は、何と無く、談笑の輪から離れて、自分の席へと向かい、仙蔵の隣に腰を下ろすのだった。

「よお。久しぶりだな」

 声を掛ければ、仙蔵は教科書から顔を上げ、俺を見る。

「ああ、久しいな。文次郎」

 そう、笑みを浮かべる。
 今はもう然程露骨では無くなったが、仙蔵にとって、愛想なんてものはそれを見せる利の有ると判断した者にしか存在しないのである。そして、俺は仙蔵からはその利の無い奴と判断されていた。
 故に、初っぱなからこうも親しげな笑顔を見せられるのは、珍しい。俺は少なからずぎょっとする。

「なんだか少し見ない内にまた黒くなったんじゃないか。その調子で夏が過ぎる頃には一体どうなるんだろうな。黒豆の化け物にでもなりそうだ」

 笑顔。加えて、饒舌。内容は多少辛辣だがそれは何時もの事。成る程、すこぶる機嫌が良いと見えた。

「そう変わってねぇよ。仙蔵こそ、相変わらず」

 そこまで言って、俺はしまったと口を閉じる。
 今でこそ女装等の謀りで自身の強みにしてしまってはいるが、当時の仙蔵は己が肌の白さや線の細さを内心気にしていて、それを口に出されたりましてや揶揄された時の報復はなんとも過激かつ執拗であった。手も足も口も出てその何れもが容赦無いのであるから、正に触らぬ神に祟りなしという奴である。

「相変わらず、元気そうだな」

 漸くその事を学んできた頃だった俺は、口に出し掛けた『相変わらず白いな』という素直な感想を、無理矢理に誤魔化したのだった。
 仙蔵は、また、にこりと微笑む。

「お前みたいに暇さえあれば外を駆けずり回る様な馬鹿では無いからな。態々日に焼ける理由も無い」
「…………そうかよ」

 濁した部分はバレていた様で、返される言葉は辛辣だが重ねて言おう。この程度は何時もの事だ。
 機嫌が崩れない。珍しい。噛みつかれなかったのを安心するどころか寧ろ不気味にすら思う。

「白い白いと言うがな。私よりも白い奴だっていないことは無いんだぞ」
「……ふぅん」

 俺の曖昧な相槌に、仙蔵はすんと鼻を鳴らして、再び教科書に目を落とした。予習と呼ぶには先すぎる場所を読んでいる。仙蔵の横顔の眼差しは鋭かったが、それは元からのもので、全体の雰囲気としては、やはり穏やかで機嫌が良さげなのである。

「休暇は、どうだったんだ」

 俺はそう訪ねてみる。
 別段、そこまで興味があった訳でもない。ただ、何と無く、この仙蔵の上機嫌は、休暇中に何事かがあったのでは無いかと思ったのだ。仙蔵の原因不明の上機嫌は、何とも落ち着かないものだったからだ。
 仙蔵は目だけで、此方を見た。

「そうだな。独り静かに勉学や鍛練に集中できたし、先生方や先輩方に個別に教えを受ける事もできた。中々実りの多い休暇だったよ」

 仙蔵は、事も無げにそう答えたが、俺は思わず身を乗り出していた。

「おお……! それ、凄い良いな!」

 素直にそう思って、声も弾む。次の長期休暇は俺も学園に残ろうと、そう思った。
 目だけを此方に向けた仙蔵の、その目がふっと細くなる。

「……それと、新しい知り合いもできたな」

 仙蔵はそう、付け足すように小さく呟いた。此方に向けられていた目は、教科書に戻る。

「ふぅん」

 俺はそれにはまたも曖昧な相槌だけを返した。きっと、その時の俺の胸中には次の長期休暇にどうやって理由をつけて学園に居残ろうかという算段が占めていて、話は半分くらいしか聞いていなかったと思う。

 ただ、何と無く、胸の底の方で、直感的に、仙蔵が言った『新しい知り合い』というのには引っ掛かりを覚えて、それがどうやら仙蔵の上機嫌と多少関係がある様にも、『私よりも白い奴』ってのはその『新しい知り合い』なんじゃないかと、そう感じていた。
 仙蔵はその事を俺に聞いて欲しかったのかもしれない。面白い、楽しい話として、俺とその『新しい知り合い』について共有したかったのかもしれない。

 俺は、その事が、多分、本当に微かに、面白くない気持ちだった。
 だから、聞き流したのじゃないかと、今ならばそう思う。後付けなのかもしれないが。

.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ