咄、彼女について

□覚の事・其の一
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※本編の時間軸より過去の話。年齢操作、他諸々捏造あり。




 一年生の頃だ。

 放課後の忍たま長屋の自室に教科の先生が訪ねてきて、学園長先生がお呼びだと言う。
 俺は、先日、金楽寺のお使いに初めて一人で行ったばかりで学園長先生からは褒美まで貰っていた。だから、これはきっと俺が優秀だと感心されてまた何か仕事を言いつけようとお考えなのかもしれないと、すっかり浮かれて、張り切った一つ返事で学園外れの庵へいそいそと向かった。
 後に暫く、俺はこの時の自分の浮かれぶりを後悔することになるのだが、まあ、当時はそんな事も知らずに、
「食満留三郎、参りました!」と、出来る限りのきりりと勇ましい声を意識しながら庵の障子の前にびしっと膝を着いて座る俺なのであった。

 そうして、入りなさいと促されて足を踏み入れた小さな畳張りの部屋には先客がいた。

「あっ。お前は、」

 きちんと正座をして、首だけをこちらに向けてきたのは、くの一教室の生徒だった。

 歳の頃は、俺と同じくらいに見えるそいつは、件の金楽寺のお使いの帰りに俺にちょっかいを掛けてきた奴だ。
 黒い重たそうな前髪の下で、にっこりと垂れ目勝ちの目が笑う。
 人当たりが良さげだが腹の底の見えない感じがした。やはり、くのたまは要注意だと、俺は曖昧な会釈をそいつに返す。
 
「なんじゃ、お前達はやはり知り合いだったのか」

 そいつの前に座られていた学園長先生が俺達を見比べてそう言った。

「え……ち、違います」

 全くの初対面という訳でも無いが、知り合いという程でも無いそいつの隣に少し距離を取りながら座る気分は中々に居心地が悪い。
 そいつは何も言わず、またにっこりと笑うだけだった。

「そうかの……まあ、では、互いに名乗っておきなさい」

 学園長先生が促した。

「……くの一教室一年生。下坂部鏡子」

 漸く、そいつが口を開いて、俺に軽く頭を下げる。

「…………一年、は組。食満留三郎」

 俺も名乗り返す。
 くの一教室の奴と引き合わせて、学園長先生は一体、何のおつもりだろうかと、直ぐに学園長先生へ目を戻した。途端、目がかち合い、ぎくりとする。

「留三郎。此方の鏡子君が、おぬしに供を求めておる」

「はあ」

 どういうことか良く分からず、呆けている俺に、学園長先生はそのままつらつらと用件を述べていった。

 曰く、金楽寺にさる奇妙な問題を抱えた男が身を寄せている。
 曰く、金楽寺の和尚、そして和尚の知古の知識人諸々にその問題に当たらせたのであるが一向に解決しない。
 曰く、学園長先生に話が持ち掛けられ、もしやこの者ならばと下坂部鏡子を推薦した。
 曰く、下坂部鏡子は行くのは了承したが、供として俺を名指ししてきた。

「……はあ」

 詳細を聞いても全く良く分からなかった。
 俺は、つまり、このくのたまを金楽寺まで連れて行かなくてはならないという事か。

「よろしく留三郎」

 下坂部鏡子がまたにこりと笑う。いきなり名前を呼びつけにされた。ムッとして思わず睨むが、鏡子の方は堪える様子もない笑顔のままだ。

「金楽寺に行って、帰るだけだ。大した荷物もいらねぇ。正門で落ち合おうや」

 大人しそうな、品が良いと言えなくも無い見た目に蓮っ葉な喋り方が不似合いだ。

 鏡子は「では、失礼致します」と学園長先生に頭を下げて部屋を退出する。
 俺も続いて部屋を出ようとしたが、
「少し待ちなさい」と学園長先生に呼び止められた。
 浮かした膝を、再び戻して学園長先生の前に座る気分はさっきと変わらず、居心地が悪い。

「急な事で悪かったの」

 ほんの少し間を置いて、学園長先生が言った。

「いえ、金楽寺までの道は良く分かっていますから」

 俺の答えに小さく頷いた学園長先生は、「ところで」と、部屋の隅を指差された。

「留三郎は、あれが見えるか」

 俺はつい、そちらに目を向ける。

「…………見えません」

 学園長先生は、小さく笑う。

「謀りたいなら、何の事だと惚けるもんじゃ」

 しまった。
 と、口を抑えてしまった。


 学園長先生の方に勢い良く顔を戻せば、部屋の隅にいた『それ』が、学園長先生の肩に止まっていて思わず「うわっ」と仰け反ってしまった。

「大事無い。掛け軸から時折抜け出て遊んどるだけでの……」

 静かに笑う学園長先生の肩の上、その辺の野山じゃまず見ることも無いような、綺麗な瑠璃色をした尾長の鳥は、ひゅんと飛び立ち部屋を旋回してから、学園長先生の後ろにある掛け軸へ音も無く飛び込んでいったのだった。
 明らかに普通のものじゃないそれは、部屋に入った時からずっといた。
 部屋を跳ね回り、時折飛び、きゅるきゅるとした鳴き声も聞こえていたが、俺にしか見えないものだと無視していたのだ。

「そうか、お前は、見える者なんじゃな」

 学園長先生の声は穏やかだったが、俺はその言葉に、まるで、刀を突き付けられた様な気がしたのだった。

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