咄、彼女について
□稀人・其の十三
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兵助の次は文次郎までよそよそしくなった。
下級生や一部の上級生に関しては最初から私に近付いても来ない。
この展開は不味い。不味すぎるよ神様。
私は部屋で一人、天井をじっと見てみるけど、この間のあの変なしゃがれ声は全く聞こえてこない。何が『貴女は負けません』だ。それなら助けてくれたって良いじゃない。
あの下坂部鏡子っていう女をさっさとどうにかしてよ。
「……桃花ちゃん」
戸の向こうから聞こえてきた声に私は我に返る。
慌てて髪を整えて、笑顔を作り、戸を開けば、其処には二人の六年生。
「伊作、留三郎に小平太……どうしたの?」
この三人はまだ私の側にいる上級生だ。
だけど今の私にとってはそれも不安でしかない。
だって、この三人や他の上級生達も、皆が皆、『天女夢』に出てくる操られたキャラ達って事じゃない。
特に留三郎。こいつは、下坂部鏡子に片想いされている相手らしいし、そんな奴が私の側にいるだなんて、あの女に恨まれる要素しかない。
今の所、私自身に何もしてくる要素は無いけれど……兵助や文次郎が私によそよそしくなった件や、八左ヱ門が私をあさらさまに避けているのは絶対にあの女が関係しているに違いないもん。
そんな事を思っていたら、留三郎が赤い顔になってふいっと目を逸らす。
どうやら、見過ぎていたらしい。
その反応には、数日前の私なら喜んでいたかもしれない。
でも、今は更に憂鬱になる。
一番、会いたかった。一番、こんな風な眼差しを向けて欲しかった仙蔵は、今日も私の側には来ない。
どうしてこんな事になっちゃったんだろう。
「あのね、最近桃花ちゃんの元気が無いみたいだから、皆で町に行こうかなって」
「本当は私が考えてたのに、伊作と留三郎が着いてくるなんて言い出したんだろ」
「お前が連れてったら、桃花の体力も考えず突っ走るだろうが」
そんな三人のやり取り。
所謂『夢小説』ならば普通のやり取りだ。『夢主』に対して好意的で互いに微妙に牽制しあいつつ、和やかに振る舞う。
そうだよ。
あの女さえ、『傍観主』さえいなければ、こんなの普通の展開じゃない。
私の何がいけないの。
私は、ただ、もう我慢なんてしないって決めただけだ。
「桃花ちゃん……?」
「あ、うん。ごめん、ちょっとボーッとしちゃってた」
不安げな顔をしていた伊作や怪訝そうな小平太と留三郎に私は笑う。
笑えば三人は少し赤くなりながらも安心した様に笑い返してくれた。
「うん、良いよ。誘ってくれて嬉しいな」
「良かった!じゃあさっそく、」
「ねえ、皆」
私は三人の顔を見比べる。
「……ずっと、私から離れないって約束してくれる?」
三人は私をじっと見つめ返した。
見ている内にその両目はぼんやり緩みだしてほわんと表情も緩みだす。
そう。此れで良いんだ。
神様が言った通りだ。
私が欲しいと望んで目をみれば、皆、私を好きになってくれる。
最初に動いたのは留三郎だった、私の手をちょっともたついた手付きで掴むと震える唇をそっと開いた。
「も、勿論だ……っ!?」
その時だった。
急に三人の表情が険しくなったかと思えば辺りが急に煙に包まれた。
シューッと激しい音と火薬の匂い。
「煙玉かっ!」
留三郎の声が直ぐ近くでする。
私を抱き締めるこの腕も留三郎だ。
そして間髪いれずに「うわっ!?」という叫び声。
留三郎が息を呑む音がした。
「伊作っ!?」
「きゃっ、」
留三郎は、殆ど突き飛ばすような勢いで私から離れてまだ薄い煙が漂う中を走って行く。
それに遅れて続こうとしたのは小平太。だけど、それを止めるものがいた。
「悪いが小平太。お前は行かせられねぇ」
文次郎と、その隣に立つ長次の向こう側に、廊下を駆けていく留三郎と、曲がり角をさっと磯巾着みたいな髷が消えていくのが見える。
小平太は、私を庇うように手を軽く広げながら二人の前に立つ。
二人は小平太を、私を睨み付けた。
私の震える足は少しずつ後退りしていく。
これは、この展開は駄目だ。
私はこのままでは殺される。
「あっ!桃花ちゃん!?」
小平太が何か言ってるのが聞こえていたけれど、私は振り返らず走り出した。
誰か、神様、助けてよ!
そう頭の中で叫べば、小さな声が、私の耳元直ぐ側に響いた。
「ほ、保健……室?」
確かにそう言った。
「保健室に行きなさい」と、その言葉を頼りに、縺れそうな足を必死に動かして私は保健室を目指して走り出す。
その声は何時もの神様のしゃがれた声じゃなくて、もっと若そうな透き通った声だったけれど、そんな事はどうでも良かった。
私は、私は絶対に『傍観主』なんかに殺されたくない。
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