咄、彼女について

□後ろの
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 忍術学園の奇人変人が一人、『歩けば怪』、『怪あるところにその影あり』と謳われる、くのたま上級生、下坂部鏡子……先輩(と、着けなければいけない。一応年長者であるから。)には、『お気に入り』というものがある。

「あやぁ、伝七ぃ、彦四郎。良い所に会ったねえ」

「ぅげ」

 僕は思わず口に出していった。
 彦四郎がちらっと僕を見るが口に出して咎める事はしない。

「聞こえたぞ伝七。綺麗なお顔を歪めなさんな」

「何のご用ですか」

 僕が聞けば、黒く重たげな髪から、にたりと笑う様な垂れ目が僕達を見下ろしてくる。
 こういうのを、『不遜(ふそん)な眼差し』と言うんだと思う。

 鏡子先輩は僕達が抱える忍たまの友の束の上に「ほい」と包みを置く。

「安藤先生に」

 町の菓子屋の包みだ。

「ご自分で渡しにいかないんですか?」

 彦四郎が問えば、細い指が頬を掻く。

「そうしたいのは山々なんだが、今日はちっと忙しくてねぇ」

 全く忙しげに見えない声色と雰囲気で言われて、それから、ふっと首を巡らせる。

「……また、来たねぇ」

「え、何がです」

 止せば良いのに、彦四郎は鏡子先輩に聞く。
 鏡子先輩はきゅっと肩笑みを浮かべた。

「タソガレドキの包帯さんさね」

「は?」

「タソガレドキ忍軍忍組頭、雑渡昆奈門ですか!?」

「ん」

 こっくりと頷いた。僕達は顔を見合わせる。
 あの玄人の中の玄人とも言える忍組頭が、時々学園に来ている事は知ってはいたけれど。

「なんで分かったんです?」

「小松田さんでも気付かないんですよ?」

 あのへっぽこだが、入出門表のサインには並々ならぬ情熱を燃やし、侵入者や脱出者に関しては百発百中の小松田さん。
 そんな小松田さんが唯一、未だサインを貰えてないと憤慨している相手があの忍組頭だ。

 鏡子先輩は、ふにゃんと笑みを浮かべた口をゆっくり開く、唇は白っぽいのに、覗く舌はぎょっとする程赤い。

「伝七ぃ。お前なら、ちぃとは分かるだろ」

 彦四郎が「え」と僕を見る。僕はふいっと視線を逸らした。

「何の事ですか」

 はぐらかせば、すんと鼻で笑う声がした。鏡子先輩は、きろ、と、彦四郎に目を向ける。

「……そりゃ、あんなに後ろにわじゃわじゃつけてりゃ、引っ掛かる前に糸が切れちまうのさ」

「わじゃわじゃ……?……糸?」

 彦四郎はきょとんと首を傾げる。僕は顔をしかめていた。
 僕の頭に浮かんできたものはあまり気持ちの良いものではない。

「まあ、そのせいで私には分かるんだが。……うん?……ありゃ、多分、行かなけりゃ……」

 そう言って、鏡子先輩は踵を返す。

「また用事が増えた。ほんに今日は忙しい」

 全然忙しそうに見えない雰囲気でのろのろと歩き出した。
 数歩、歩いて、「あ」と此方を振り返る。

「それ、ちゃんと渡しといてくれ。お前達も御相伴に預かってもかまわんから」

 ふにゃあんと笑って、それからまた、のろのろと今度は振り返ることも無く歩き去っていった。

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