咄、彼女について

□高天、翔行き・其の二
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 今晩、とは言っていたが、鏡子先輩は詳しい時間と場所の指定はせず、ただ待っていろとだけだった。

 俺は俺で、この光るものに纏わりつかれた状態では部屋の外にも中々出れず。その内に夕刻。


「鏡子先輩は何をなさるつもりなんだろう」

 おにぎりを持って来てくれた三木ヱ門に俺は問う。だが、三木ヱ門が返すのは横に振られた首の動きと曖昧な表情だった。

「あの人が考えている事は、凡人の僕には謀れない。あの人の中にはきちんと道筋があるんだろうけどな」

 俺は顎がかくりと外れるんじゃないかってくらい驚いた。

「……み、三木ヱ門が自分を凡人って言うなんて思わなかった」

 三木ヱ門の形の良い眉がぎゅっと歪む。

「ああいう手合いに限った話だ。どっちにしろあの人を理解できる者はそうそういないだろうな」

「……食満先輩は?」

 鏡子先輩と最も付き合いが長いらしい。『相棒』という言葉も聞いた。

「さあ、どうだろう」

 三木ヱ門はまた曖昧な答え方をする。
 ふっと、表情が陰った。

「……怪を見、怪に触れるものこそが怪でない保証は無い」

「え」

「以前、食満先輩が仰っていた。なあ、守一郎。正直な話、僕は鏡子先輩が怖い。そう思ってる奴は何人もいる。怪ある所には必ずあの人がいるんだ」

「だから?」

「あまり関わりすぎるな。今回は仕方無いとはいえ、お前、引っ張られそうで心配だ」

 何時も自信に溢れて高潔な級友は、その時は驚く程に弱々しく、話す内容は明瞭さに欠けていた。

 引っ張られる。

 一体、何処に。否、何に。


 考えに耽っている内に部屋の中は暗くなっている。

 灯りも着けない部屋の中が、ぼんやりと明るいのは部屋を飛び回る光るもののせいだ。
 火虫よりも明るく、何処かひんやりとしたものを感じる光。
 困ったなあ、とは思っているけれど、やはり何故だか恐ろしさは感じなくて、寧ろ綺麗だなあなんて思っている自分がいる。


 ごとり、と、天井から音がして俺は寧ろそれに飛び上がった。

 天井板が一枚擦れて、白い面輪がひょいと垂れ下がる。


「よっ」


 嘘だろ。

 俺は編入生だけど、古いとはいえ、忍術や体術の研鑽は物心付く前から積んできている。


「……鏡子、先輩」

 天井板が開くまで気付かなかったなんて、いや、くのたまの上級生なら有り得る話なのかもしれないけれど。

 鏡子先輩は、音も無く、影が落ちる様に気が付いた時には床にいる。

 驚く程に、気配の無い人だ。



「行こうか」

 光るものに照らされた鏡子先輩の目が、ゆらゆらと青く光っている様に見えた。

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