咄、彼女について
□高天、翔行き・其の二
1ページ/2ページ
今晩、とは言っていたが、鏡子先輩は詳しい時間と場所の指定はせず、ただ待っていろとだけだった。
俺は俺で、この光るものに纏わりつかれた状態では部屋の外にも中々出れず。その内に夕刻。
「鏡子先輩は何をなさるつもりなんだろう」
おにぎりを持って来てくれた三木ヱ門に俺は問う。だが、三木ヱ門が返すのは横に振られた首の動きと曖昧な表情だった。
「あの人が考えている事は、凡人の僕には謀れない。あの人の中にはきちんと道筋があるんだろうけどな」
俺は顎がかくりと外れるんじゃないかってくらい驚いた。
「……み、三木ヱ門が自分を凡人って言うなんて思わなかった」
三木ヱ門の形の良い眉がぎゅっと歪む。
「ああいう手合いに限った話だ。どっちにしろあの人を理解できる者はそうそういないだろうな」
「……食満先輩は?」
鏡子先輩と最も付き合いが長いらしい。『相棒』という言葉も聞いた。
「さあ、どうだろう」
三木ヱ門はまた曖昧な答え方をする。
ふっと、表情が陰った。
「……怪を見、怪に触れるものこそが怪でない保証は無い」
「え」
「以前、食満先輩が仰っていた。なあ、守一郎。正直な話、僕は鏡子先輩が怖い。そう思ってる奴は何人もいる。怪ある所には必ずあの人がいるんだ」
「だから?」
「あまり関わりすぎるな。今回は仕方無いとはいえ、お前、引っ張られそうで心配だ」
何時も自信に溢れて高潔な級友は、その時は驚く程に弱々しく、話す内容は明瞭さに欠けていた。
引っ張られる。
一体、何処に。否、何に。
考えに耽っている内に部屋の中は暗くなっている。
灯りも着けない部屋の中が、ぼんやりと明るいのは部屋を飛び回る光るもののせいだ。
火虫よりも明るく、何処かひんやりとしたものを感じる光。
困ったなあ、とは思っているけれど、やはり何故だか恐ろしさは感じなくて、寧ろ綺麗だなあなんて思っている自分がいる。
ごとり、と、天井から音がして俺は寧ろそれに飛び上がった。
天井板が一枚擦れて、白い面輪がひょいと垂れ下がる。
「よっ」
嘘だろ。
俺は編入生だけど、古いとはいえ、忍術や体術の研鑽は物心付く前から積んできている。
「……鏡子、先輩」
天井板が開くまで気付かなかったなんて、いや、くのたまの上級生なら有り得る話なのかもしれないけれど。
鏡子先輩は、音も無く、影が落ちる様に気が付いた時には床にいる。
驚く程に、気配の無い人だ。
「行こうか」
光るものに照らされた鏡子先輩の目が、ゆらゆらと青く光っている様に見えた。
.