咄、彼女について

□御形の庭・其の三
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 忍術学園の図書室。
 委員会の後輩たちも既に長屋へと帰り、委員長である六年ろ組の中在家長次は活動中に修補しきれなかった本の閉じ紐を外している最中であった。


 慎重な手付きで閉じ紐を外し、窓から射し込む西陽に照らされながら、文字を追い、痛んだ頁を新しいものへ差し換えるべく、硯に手を掛けた。

 だが、止まる。

 ふっと頭を上げ、図書室の入り口に目を向ける。



 此方へと近付いてくる、小さな鈴の音がその耳に届いた。

 中在家はむすりと眉間に皺を寄せ、(その憮然たる表情が、この男にとっては極めて機嫌の良い表情である事は学園では周知の話だ。)立ち上がり、近付いてくる其れを迎えるべく図書室の入り口から僅かに廊下へと踏み出した。


「あや、長次ぃ、ほんにお前は良く気付くなあ」

 中在家の視線の先、廊下の曲がり角から現れた猫の様なふてぶてしい雰囲気の少女。
 その少女に連れられている同輩は不機嫌を常より更に鋭い目付きで体現している。

 中在家はそれに負けず劣らずの仏頂面で、つまりは彼にとっては機嫌良く、そのふにゃりと笑っている少女に向かって口を開く。

「……お前は、音で、すぐ分かる。…………『掃除』だな」

 中在家は、二人を待ち望んでいた。

 彼の脳裏に過るのは今日とて未だ目覚めぬ小さな後輩。



 少女、下坂部鏡子は、一つ、静かに頷くのであった。





 図書室に二人を迎え入れる。

 くのいち教室六年生下坂部鏡子と、忍術学園六年は組、食満留三郎。

「今回で最後だ」

 中在家の視線をどう解釈したのか、食満がそうぼそりと呟いた。

「……前も、そう言って、いたぞ」

 中在家の返答に食満は言葉を詰まらせ、鏡子はほらやっぱりと笑うのであった。

「さて、長次。私達が何の為に来たかは分かってるね」

 釈然とせぬ様相の食満を脇に置き、鏡子が中在家に尋ねた。無論、中在家は承知している。
 何かすることはあるか、と、鏡子に問うその声はかそけきものであれ、真剣さを多分に含んでいた。


「……『耳』なら、貸す」

「有り難い。だが、今回はそこまでいらないよ」

 そう事も無げに言った鏡子はぐるりとその重たげな黒髪の下から覗く相貌を図書室の中に巡らせる。

 中在家はその視線を追う。食満もまた同じ様に。

 『目』を持たない中在家には何が見えているのかは判別着かないが、その動きと注がれている位置の高さは、子どもの挙動と身丈を想起させた。

 一方、食満はその凛々しい眉を潜め、僅かに顔を逸らす。

 この場に集まる三者の見ているものは各々に違う。
 奇妙な、と、中在家は微かに溜め息を吐いた。

「留三郎、ありゃあ他愛ない奴だよ。無視しとけ」

 然しながら、鏡子は食満には共感した様でそう、顔色の芳しくない食満の肩を軽く叩く。

 食満はふっと表情を緩め、中在家を見た。

 捲き込まれ不運だと本人は言うが、と、中在家はその端正な顔立ちの中の眼光鋭い切れ長の三白眼を見返す。

「長次、きり丸について何か気付いていることを教えてくれ」

 その責任感の強さも多分にあるだろうが、彼は敢えて捲き込まれている所もあるのではないか、と、中在家は思うのだった。

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