咄、彼女について
□御形の庭・其の一
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「仕方無い。今回で最後だからな」
二つの握り飯を食べ終えた食満がそう言えば、鏡子は、ふは、と吹き出す。
「それ、前回も言った」
くつくつと笑う鏡子に対して、食満の眉間には二本、三本と皺が刻まれていくのだった。
「じゃあ聞くが、なんで俺なんだよ。上級生には他にも使える奴は色々いんだろ」
そう問えば、鏡子は肩を竦める。
「適材適所」
「なんじゃそりゃ」
「相性ってのはでかいけど。まあ、小平太は一網打尽にしちまうし、文次郎だと出てこない時があるし、長次だと目が心許ないし、竹谷や伊作は場合に寄っては危険だし、尾浜は後が面倒だし、その点、留三郎は調度良いんだ。分かるだろ」
「全く分からん」
「分かってくれたか。じゃあ、先ずは委員会に行こう」
鏡子はすたすたと歩き出す。今日も用具委員会に勝手に顔を出すつもりらしい。
食満は深々と溜め息を吐いた。
用具倉庫の近くでは、委員会の後輩達が既に作業を始めていた。
彼等に指示を出している三年ろ組の富松作兵衛の姿に食満の口許は自然と緩むのである。
「あ。食満先輩と鏡子先輩だ!」
「はにゃあ、先輩方、遅いですよお」
一年は組の福富しんべヱ、山村喜三太が、佇む二人に気づき声を上げる。
ふと、食満は眉を潜めた。
まるで、此れでは自分がこの女と連れ立ってやって来たみたいではないか。しかも、遅れて、である。
食満にとっては少々不本意な状況だった。
思わず隣に立つ鏡子に目をやれば、にたりとした笑いが返って来て、食満は益々顔をしかめて視線を逸らすのだった。
「食満先輩、すみません。……さ、先に始めさせて貰いました」
「作業の内容は、分かってましたから……」
そんな食満の表情をどう解釈したのか、富松と、四年ろ組の浜守一郎が怖々といった風情で食満に声を掛ける。
「ん。いや、それは構わないんだ。遅れてすまんな。作兵衛、守一郎」
そう笑いながら返せば明らかにほっとした様子の二人に、食満の笑みは苦笑に変わる。
最も顕著なのは富松だが、自分はどうも、年の近い後輩には恐がられやすい傾向がある。
そんな食満を他所に、既に鏡子は一年生の子ども達に囲まれながら貸し出し用の手裏剣の整備に取り掛かっている。
鏡子にぴったりと寄り添っているのは彼女の弟、一年ろ組の下坂部平太。
友人の姉という点が多分に影響しているのだろうが、この不遜で胡乱な少女は一年生達には良く慕われているのだった。
食満に言わせてみれば、意外でしかない事であり、少々忌々しいと思わなくもなかったが、そんな不気味な彼女を何て事無く受け入れている一年生達の素直さを思えば、結局、まあ良いかと思ってしまうのである。
食満にとって後輩達は、皆「良い子達」で、皆「可愛い」のであった。
「よし、休憩しようか。」
粗方の用具の修繕を終え、残るは忍たま長屋の壁に一部漆喰を塗り直さなくてはならない箇所があるぐらいである。
食満の呼び掛けに一年生達はわあいと無邪気に喜んだ。
「どれ、茶でも淹れてくるか。」
歩き出した鏡子にお手伝いしますと一年生達が着いていく。
微笑ましい光景だ、一年生が、と、食満は僅かに目を細めた。
然し、と、食満の視線は、彼女と手を繋ぐ福富しんべヱ、そして、その隣の山村喜三太に注がれる。
やはり心無しか、元気は無い様に見えた。
「……無理も無いか」
ぼそりと呟けば怪訝な顔をする富松に何でもないと返した。
此は、教職員と、一部の上級生しか知らぬ話ではあるが、下坂部鏡子は時折、その『特異な能力』から、忍の任務とは『別の依頼』を学園長を通じて請け負っていた。
そして、何故だかは良く分からぬが、鏡子が言うところの『相性』によって、六年は組の食満留三郎が屡々その助手として駆り出されている事もまた、一部の者達には周知の事実であり、時には『相変わらずの巻き込まれ不運』と称されてもいる状況であった。
そう食満は巻き込まれているだけであり、食満とて不本意なのだ。然しながら、今回で最後である、と、また今回も引き受けてしまったのは、依頼内容の渦中にいる者が彼の心を動かすものであったからであろう。
一言で言うならば、
可愛い後輩の為ならば、仕方が無い。
一年は組、摂津きり丸が眠りから目覚めぬまま、既に三日は経っていた。
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