咄、彼女について

□御形の庭・其の一
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 学園長に呼び出された時点で、彼、六年は組の食満留三郎の胸中にあった嫌な予感は全くもって笑えてしまう程に裏切られることは無く、彼は当初の目的地であった庵の障子を開けたその次の瞬間に踵を返した。

「おいおい来た途端に何処に行くんだい、留三郎。学園長先生の御前で失礼な」

「どわっ!?」

 そんな彼の足首を掴み引く手。
 不意打ちだった為に、彼にとっては非常に不名誉な体勢でその場に倒れてしまうのであった。

 その掴む手の主、食満の嫌な予感の根元たる少女、下坂部鏡子の、あや、という呆れた声が食満の苛立ちを一層逆撫でする。

「俺は嫌だぞ!」

「まだ何も言っとらんがな」

「人身御供の蛇体の巫女の亡霊だとか、封鎖された洞窟の悪霊だとか、良く分からない背丈八尺の女だとかそんなのに俺を巻き込むのは止めろ!!俺は委員会に行くんだ!!!」

 足首を抑えられながらも這いずって逃げようとするが、此れが無駄であることも一連の決まった流れである。

「んな駄々こねたって、留三郎。学園長先生からの指令だよう」

 今回はそんな危険ではないさ、と、へにゃりと笑う鏡子に対しての食満の表情は千匹の苦虫を口に押し込まれたかの様な歪みっぷりである。

「お前が言う危険は無いはっ!精々死なねえ程度っつう意味だろうがあ!!」

「お前、それ方々に言ってるだろう……」

 鏡子は微かに溜め息を吐き、てい、という掛け声と共に、食満の首筋を指で突いた。

「おがっ!?」

「鏡子ちゃん必殺、百八の秘孔のそのひとつ、四半刻ぐらい止まっちゃう奴ぅ。」

 何をするんだと咎める声すらも出せなくなった食満を満足そうに見下ろす鏡子。
 そんな二人を目をすがめながら見る翁、学園長、大川平次渦正は漸く口を開くのであった。

「……毎度思うが、まっこと、食満留三郎を供に着けて良いんじゃな?」

「大丈夫ですよう。留三郎は、面倒見が良い奴ですから」

 なあ、留三郎。と、鏡子の問いに返事は返らない。

 床に倒れたままの食満が、漸く起き上がれた頃には彼は昼食を食いそびれ、委員会にも遅刻したのであった。









 痺れた身体をごきごきと鳴らしながら学園長の庵を後にした食満は、「ちょいと」と言う声に呼び止められた。

 ふりかえれば鏡子が立っており、縁側に座れと促す。直ぐには応じず、何だよと問い返せば、小さな溜め息を吐いた鏡子が懐から包みを取り出す。
 白い手がそれを解けば、其処には握り飯が二つ。



「ほら、結局遅刻になるんだから何か食べておいた方が良いよ」

 と、鏡子が差し出した握り飯を、食満はじとりと横目で睨む。
 用意周到だ、と、小さく舌打ちをした。


「誰のせいだと思ってる」

「あや、」

 と言いつつ、取るんだねえ。と言う声に今度は鏡子を睨めば、ふにゃっとした笑いが返って来るのみであった。
 腹立たしさを持て余したままに、縁側にどっかと腰を下ろし、握り飯を大きく頬張る食満だった。

「毒入りたあ、思わないんだねえ」

「入れてんのか」

「いんや」

 ふるふると、首を横に振る鏡子に、食満の口許に、ふん、と笑みが浮かぶ。

「だろうよ。お前はそういう奴だからな」

 此方を見返してくる鏡子は、数度瞬きした後、またふにゃりと笑う笑うのである。

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