黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□年の瀬
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 さて、書類の選別を済まし、焚き火担当の者達に要らぬものを引き継いだ組頭が私を伴って向かうのは、件のくノ一詰所である。
 近付くに連れ、わいわいと騒がしい。
 広間を一室、障子も取っ払ったそこで、年齢様々のおなご達が忙しげに立ち働いていた。
 山の様な里芋、人参、大根、牛蒡。
 それらを洗い、皮を剥き、切り分けていくまだ幼げな娘達。
 山の様な綿と布。
 それらを縫い裁ち、半纏やら布団やらを仕立て直したり、新しく作ったりなどしている妙齢の女達。
 更に歳嵩の女達が編み上げているのは草鞋や注連縄。
 然して、おなごというのは黙々と作業はできぬもので、各々が各々へ何やらきゃいきゃいと囀ずりあう様に喋り合いながら時折弾けた様な笑い声も立てたり……格子窓から湯気立つ厨から漂って来る匂いも合間って、空気が橙色に光っているようにすら見えた。

「あらあら、昆奈門様。詰所の方はお済みになられたので」
「やあ、ゆの殿」
 
 歳嵩の女達の中から、一人、ぷりぷりと丸い頬をしたおなごが此方へ転がるようにやって来た。
 私は、彼女の向こう、妙齢の娘達の一団に混ざる一人に手を振る。手を振るも、私の妻君は忙しい様でちらりと此方を一瞥しただけ、妻君の隣に座る友人らしき娘がにやりと笑うのだった。

「粗方終わったから様子を見に来たんだ。さくはどうしてるかな」
「厨におられますよ。お呼びしましょうか」
「お雛が組頭を見た途端に呼びにいっちまったよ」
「あれま、あの子も落ち着きの無い……」

 そうこうしている内に、縁側の向こうから、活発そうな少女に手を引かれた婦人が此方へと歩いてくる。

「昆奈門様。鶉殿、御足労ありがとう存じます」

 尼削ぎの髪を布で包み上げたさく様。間近で見るのは久しいが、柳眉の下の、睫毛の濃い切れ長の眼と通った鼻筋、花弁の様な唇……と、変わりの無い、組頭の麗しい奥方様であった。

「久しくしております。さく様、御健勝の様で何より」
「ええ、お陰様で。いとは、手先が器用ですね。御針が上手でとても助かります」
「はっ、ありがとうございます」

 思いがけず妻君を誉められ恐縮すれば、視界の隅で、いととその周りの娘達がきゃいきゃいとさざめいた。いとに目をやれば、柔らかげな頬を薄紅色にしていて、これまた思いがけず愛らしいものを見てしまったと顔が緩む。

「……鶉の夫婦も鴛鴦(おしどり)に習い」

 組頭がそうにやりとしながら宣い、周りのおなご達がけらけらと笑うのには面映ゆい気分である。

「さて、私はお嫁さんの応援に来たのだけれど」
「必要ございません」
「言うと思った」
「此処におられては、逆に皆が気を遣います」

 さく様のすげない返事に、組頭は気を悪くする様子も無く寧ろにこにこと目を細めている。さく様もさく様で、素っ気ない物言いながらも、組頭の肩や髪に着いた埃を優しげな手付きで取っていたり……鴛鴦ならば此処にもいると、口には出さねど思うのだった。

「村の方ならば、まだ人手はいるかと存じます。陣内左衛門もそちらへ遣わしました」
「うん。じゃあ、そうさせてもらおうか、鶉」

 そう踵を返した組頭に、私はさく様に一礼してから着いていくのだった。
「鶉殿。昆奈門様をよろしくお願いいたしますね」等と去り際に言われてまた微笑ましい気分になるが、いやはや、奥方様にまで『鶉』と呼ばわれるとは、まあ、本名を名乗っていないからなのだが……。

「もうお前、鶉に改名すれば良いじゃないか」

 組頭が、私の顔色を読んだらしい。

「昇進でもあるなら考えます」
「ほう、ならば私も考えておこう」

 全く、優秀であれど、適当な方である。
 
 城門を歩いて出る等、久しぶりだ。
 城は城で煤払いの最中だそうだが、門兵にはそんな事は関係なく暇そうである。

「おや、これは雑渡殿」
「詰所の煤払いはもうお済みになられたんで」
「粗方な。お前達もこんな年の瀬に大変だねえ」

 見目が目立つ事もあるのだろうが、組頭は家中末端まで顔が広い。気安立てな様子で二人の門兵は笑いかける。

「いやあ、俺達の当番で今日はもう仕舞いですよ」
「村に帰っても嬶と餓鬼と爺さんの顔があるだけだがなあ。お前は良いだろうが……そうそう、雑渡殿。こいつちょいと前に所帯を持ちまして」

 年配の門兵が、まだ少年程に若い方の肩を小突いた。組頭の目が穏やかに細くなる。

「それは目出度い事だ。どれ……少ないが此れで魚でも買って帰りなさい」
「あ、ありがとうございます!」

 懐から取り出した小銭は『少ない』と当人が言うには少しばかし羽振りが良かった。
 中々に浮かれていらっしゃると思う。

「では、良い御年を」

 この方が浮かれる事もあるのだなと思う。

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