黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□酔うて戯事、またそれも人也
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 さて、少し早いが、今日はもうそろそろ寝入ろうか、と、布団を敷き始めたさくの動きは、急に開いた障子と其所に立つ人物にぴたりと止まる。

「……あら」

 布団の片方を持ち上げたままのさくの、その瞬く目の向けられた先、戸口に佇む夫、黄昏時忍軍忍組頭、雑渡昆奈門は本日は忍軍の寄合で帰りは翌朝となる筈であった。

「随分と、お早いお帰りですね」

 雑渡は、それにうん、ともむう、とも着かないような返しをした。 
 さくはじっと、未だ、ただ立っているだけの雑渡を見る。

 はて、と、疑問を胸中に浮かべながらも取り合えず、半端な姿勢を正し、布団を敷いた。

 寄合とはいうが、その実は男衆の酒席である。
 忍軍の頭たる雑渡が早々と抜けて帰宅できる筈もないであろう。酒に当てられて一抜け、とも考えられるが、さて、この男は果たして酒に弱かっただろうか。

 再び雑渡の顔を眺める。

 少々ぼんやりとした風情であるが、別段顔色は普段と変わらない様に見えた。とは言っても包帯で殆どを隠しているのだからこの判断にもいまいち自信は無い。

 そして先程から微動だにせぬ雑渡に対し、どうしたものか思案していれば、おもむろに雑渡は部屋へと入ってくる。

「……お休みになりますか、」

 問う声に返る声はなく見下ろした雑渡の口がゆるゆると開いた。

「さく」

 なんでしょうと、小さな声で返せば、僅かに傾いだ首の先、ぼやんとした口がまた開く。

「殿に会いに行こう」

「……は」

「今から」

 雑渡を見上げたまま、さくの思考は止まる。
 夜半とまではいかなくともこの夜分に、今から……この男は一体何を言っているのだ。

「……謁見の御約束が御座いますのですか」

「いや、無いけど」

 兎に角行こう。と、さくが何かを言い出す前に、雑渡は腕に軽々と彼女を抱えあげる。

「何を!?」

 突拍子も無い行動に、さくにしては珍しく動揺が表情に出る。
 思わず雑渡の背中を叩いて制しようとするが、んー、といった曖昧な相槌が返ってくるのみである。

「っ、酔っておりますでしょう!お止め下さい!」

 雑渡に触れる手から明ら様に尋常では無い熱が伝わって来る。
 しれっとした表情ではあるが、良く見れば目元は焦点が微妙に合っておらず、なんと達の悪い酔漢だ、と、さくは抱える腕から逃げようともがくが、他愛ないとばかりに俵の様に肩に担ぎ直され、そのまま庭へと連れ去られる。

 さくの表情は雑渡には見えなかろうが、これ以上無い程に眉間に皺が寄っていた。
 寝間着姿の妻を連れた酔漢が城主に謁見など、そんな馬鹿げた話が何処にあるというのだ。

「大丈夫、殿は結構宵っ張りだからさあ」

「……答えになっておりま、せんっ!!」

「ぶっ!!」

 少々品が無かろうが、形振りは構ってもいられない。
 寝巻きの裾が割れるのも構わず膝を強かに雑渡の鳩尾にめり込ませた。

 漸く雑渡から逃れたら、胸元を擦りながら、まあ私のお嫁さんたらはしたない等とにやりとした口許が言うものだから、さくはその逆撫でされた神経の苛立ちを隠すこともなく、夫を睨み付ける。

「一体全体何をお考えなのです……」

 雑渡は肩を怒らせているさくを見つめ、ぽりぽりと顎を掻く。

「あ、寝間着だ……流石にそれは不味いよねえ」

「ですから、答えに、」

「悪いけど着替えてきてくれる?」

「………………」

 人の話が全く耳に入らない様だ。
 見た目は平常そのものであるのに、まっこと、質の悪い男である。

 さくは深々と嘆息した。

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