黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□少年の再挑戦、若しくは忍組頭の欲しい言葉
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※現代語多用、おふざけ強め、嫁はあまりでてきません



 この日、黄昏時忍軍忍組頭、雑渡昆奈門は、随分と久方ぶりにある場所を訪ねていた。






 忍の学舎(まなびや)、忍術学園。

 黄昏時とは表立っての敵対は無いが、かといって非常に友好的という程でもない。
 ただ、奇妙な因果により、黄昏時城主に抱えられし忍達百人の頂点に立つこの男と、一部の生徒達との間には不思議な縁が繋がれていた。

 然しながらそれも、あの先の内乱の間は絶たれていた縁である。

 故に、訪ねたは良いものの、ほんの僅かに、雑渡は躊躇(ちゅうちょ)していた。

 その証拠に、今彼の目の前には、あの侵入者、というよりは門を潜る者だけには異様な感度と執着心を持つ事務の青年がいる。
 何時もは難なく気配を消して掻い潜る所だが、今日は素直に彼の差し出す出門表に名を残したのであった。

「うわあ。初めてサイン貰えましたあ」

「それは良かったね」

 毒気を抜くような雰囲気で、良く蒸かした饅頭の様な頬を緩ませる青年を、つい、からかいたくなる衝動に駆られたが、雑渡はそれをぐっと押さえた。

 今日は雑渡なりに、静かに、礼節を持って、大人しく寛ぎに来たのである。

 人の顔さえ見れば猪突猛進の勢いで勝負を挑んでくる学園生徒何名かとの接触とて出来るだけ避けたい。

 ああ、ならやっぱりこっそり入った方が良かったのもしれないなあ。

 と、未だ嬉しげに手元の入門表を見下ろす青年を見ながら、雑渡は顎をぽりぽりと掻くのであった。




 まあ、良しとするか、と帰りには出門表に云々と呑気に手を振る青年に手を振り返しながら、雑渡が目指すは学園の保健室。

 が、足は止まる。呼び止められた。


「なんだい。鉢屋三郎君」

 振り返って名を呼べば、目を丸くする少年。
 大方、その柔和な顔形を借りている雛形たる同輩との見分けを、いとも簡単につけられた事によるのだろう。

 然し、雑渡に言わせれば、いくら「変装名人」、「天才」との二つ名があろうが、結局はこの少年とて、他の好戦的な少年達や、運に見放された心優しい少年達と同じく、巣立ちはおろか未だ孵らぬ卵の一つにしか過ぎないのである。
 その中でも孵るその時が楽しみな一つではあったが。

 要は、まあ、ほんの僅かな目の動かし方や気配の癖、等といった雑渡の経験の伴う勘で、この少年は「五年ろ組在籍の変姿の術に秀でた少年、鉢屋三郎」であると認識した訳だ。

 何故にと聞かれたら説明が面倒だ。と、当ててしまった事を薄らと後悔するのだった。


 だが、雑渡の後悔は、目の前の鼻白んだ顔が笑顔に変わったことで杞憂に終わる。
 嘘臭い笑いだなあ、と、雑渡は鉢屋少年を見て頬笑んだ。この少年の生意気さには妙な親近感というか、懐かしさを覚える。

 若い頃の自分……なんて言っちゃうと年寄りっぽくて嫌だよねえ。

 と、胸中で(ひと)()ちながら、ほんの僅かに苦いものを、その穏やかな笑みに加えるのだった。




「急にお呼び止めして失礼致しました。実はいつぞやの再挑戦をさせて頂きたく思いまして、ね」

 にこり、にこりと笑いながらそう申し出た鉢屋に対し、雑渡は肩を竦めた。

「……君の本分は、その変装で相手の虚を突くところだろう。今から嘘を吐くぞと言って嘘を吐く奴が何処にいると言うんだか」

 雑渡のやや呆れたものが混じる声に対し、鉢屋はその白々しい愛想笑いに不敵なものを混ぜた。

「確かに。ですが、今回はちょっと趣向を変えてみたんですよ」

 お時間さえよろしければ、と手招きする鉢屋である。

「ふーん……」

 雑渡は頭の片隅に人の良い笑みを浮かべる少年とその後輩達を思い浮かべながら、まあ、志高い少年に付き合って暇を潰すのもまた一向かと、鉢屋に導かれるままに着いて行くのであった。



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