黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□忍組頭は齢十六らしい・後編
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「さくさん、さくさん」

 嬉し気に呼ぶ声。
 自身の夫の無邪気で他愛の無い様に、彼女が返す笑みは困った様な色が混ざる。




 雑渡は心底優しいが、何処かに、他者に対しての諦めの様な、決して踏み込ませはしない線を引くような男だと、さくは感じていた。

「はい。あげる」

 今、自分にそう笑いながら野花を差し出す男には、齢十六らしい健やかさとなんの毒も無い柔らかさのみである。

「髪に飾ってやるよ」

 そう手を伸ばしてさくの両の耳に引っ掛けるようにして、花を挿し、満足気に頷きながら、さも当然の様に、彼女の揃えた膝に頭を乗せるのだった。

「堅い」

「鍛えておりますもの」

 雑渡はすん、と鼻を鳴らし、目を閉じて、暫時(ざんじ)後、うっすらと開く。

「そろそろ思い出さないと、とは思ってるんだ。」

 ゆるゆると腕を伸ばし、包帯に包まれた、その布の重なりをまじまじと見つめている。

「だけど、左側が痛くなる」

 ぱたんと力無くその場に落ちる手。

「こんな身体になってまで生きていたいんだなあ、私って奴は」

 さくは静かに手を上げ、直ぐ見下ろした位置の、包帯に包まれた半顔をそっと撫でた。

「さくさん、手は柔らかいな」

 雑渡は薄く開けた目の隙間から彼女を見上げようとする、が、右目のみでは彼女の表情は死角になり見えない。

 苦笑を浮かべながら首を巡らせようとしたが、さくの手がそれをやんわりと制した。




「……私は、狡い女ですので、」

 左の聴力は弱く、右は彼女の膝に伏せられている為、その声は何処か膜が掛かったようにぼんやりと遠く聞こえた。

「貴方の中に、誰の跡も無い事を何処かで嬉しく思っていたりもするのです」

 慈しむ様な手が、左頬を撫でれば、じわりと熱く、鈍く痛む。

「ですが、私にとっては、私の目の前にいらっしゃる昆奈門様が、何時でも私の昆奈門様ですから」

 手が外れた。
 首を巡らせれば、目が合い、静かに穏やかな笑みが雑渡へ返ってくる。

「どんな昆奈門様でも、私は愛しく思いますよ」


 ぎしりと、床が軋む音、雑渡が徐に立ち上がった。

 狭い視界で見下ろす女を、雑渡は覚えていない。
 覚えていないが、其処にあるのは自分を見て、ただ笑っていて欲しいという願いと、





「……口吸いしたい」

 それは、齢十六の男としての衝動なのか、はたまた、今は失われている二十年後の自分の思慕なのか。

 さくが何かを言おうとして薄く開いた口から音が出る前に、と、掠めるように塞げば、抵抗も無く、彼女の睫毛が頬を撫でた。

 ふと、さくから離れた雑渡は踵を返す。

「仕方無い。行ってくる」

「どちらへ?」

 見下ろす目が、柔らかく細められた。
 差し伸べられた手をさくはゆっくり掴むのであった。

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