黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□忍組頭は齢十六らしい・後編
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 奇態な雰囲気を醸し出す紙の面の隙間から見える口が動き出すと、その息に合わせて微かに揺れる。

 その様を、彼女は涼し気な目で捉える。
 何を言い出すのかは、予想は着いていた。

「あのままで、よろしいのですかな?」

 そう、(おもむろ)に問う男、黄昏時忍軍黒鷲隊小頭、押津長烈に対し、彼女がその長い睫毛をふるりと揺らす。

「……何故にその様になったのかの要領を得ないのですもの」

 彼女、さくの微かに傾げた首を尼削ぎ髪が撫でるのであった。

 彼女の夫、そして押津の上司たる黄昏時忍軍忍組頭、雑渡昆奈門。彼の中で約二十年分の歳月が失われ、心と記憶は齢十六になるという面妖な事態となって早数日である。

「まあ、此方としては仕事に支障は殆どありませんから構いませんが。しかし、やはり十六の雑渡様はどうにも他愛ない」

 押津はこの日、雑渡の屋敷にさくを訪ねてきていた。

「戻られるご様子は無いのでしょうか」

 さくはゆっくりと頷く。

「先程も言いましたでしょう。何故にその様になったかの要領を得ないのですから、治しようもない」

 はて、と押津は面の下の顎を擦る。

「…………戻られるのを拒んでいるのかな」

「どうでしょうか」

「さく殿は、」

 さくは伏せた目を上げる。
 午後の陽射しがその目に反射する。横顔は穏やかな表情だが、(わず)かに張り詰めたものがその動かぬ眉に乗っている様であった。

「さく殿は、よろしいのですか?」

 最初の問いに戻った。
 さくは口許に曖昧な笑みを浮かべ、そして、

「あ、押津が来てる」

 出かけた言葉は部屋を覗く雑渡に遮られた。

「何か、用事?」

「組頭こそ、お仕事は?」

「分かんない所が出てきたから陣内に任せてきた」

 へら、と笑い、腰を下ろす。それに反して、押津は立ち上がった。

「では、さく殿。失礼致します」

 黙礼と共に揺れるさくの髪を、面の下の視線が、つ、と見下ろし、やがて静かに立ち去っていったのであった。

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