黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□稲刈り歌
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 ねえ、話を聞いてくれるかい。



 面白いか、面白くないか……うん、まあ、聞いてから決めてくれ。
 そう、ありがとう。







 昔あるところに……そうだよ、昔話なんだ。あるところに男がいたんだ。



 強くて男前な奴だった、どれだけ男前だったかと言えば、って、ああ、それは興味無いのか。そうか……。



 まあ、その男前は、報われない恋をしていたんだよ。
 どう足掻いたって叶う筈もない、男が恋した女は男なんて眼中に無かったし、結局、その彼女だって死んでしまったしね。


 男はそれで、まあ、それだけが原因って訳では無いんだけど、色々と自暴自棄になってしまった。





 何時死んでも良いと思う己と、

 彼女を死に至らしめた者を(ちゅう)すまで死んでなるものかと思う己と、

 死ぬ事も生きる事もできぬ己と、



 男の中身はてんで、ばらばらだ。





 そして、またある時、男は自分の部下を火の中から救いだした。
 救いたい気持ちは確かにあったよ、でも、死んでも良いやと、そう思っていたのも確かだ。



 男は二目と見れぬ程に醜く焼け爛れた。

 それこそ何時死んでもおかしくないぐらいに虫の息だ。




 でも、死ななかった。

 色んなものに見捨てられて、実る筈だった将来の何もかも全て無くなっても、それでも、生きていたんだ。


 男は、男が思っている以上に、しぶとく生き汚い人間だったのさ。




 そうして、二年か、三年かが経った頃、あるチビすけが健気に看護してくれたお陰で、男は歩けるくらいまでに回復した。
 だが、今までの様な動きなんて当然できない。

 周りの気遣いの目や、失望の目を避けて、男は、杖を頼りに、里の外れまで宛もなく歩いた。




 林の中をただ何も考えず歩いた。
 何も考えたくなかった。






 その時だ。


 男は、泣いている女を見た。






 男は最初、それを生きている人間では無いのではと疑った。


 言っとくけど、男は幽霊なんかてんで信じちゃいない。
 でも、それくらい、あまりに綺麗に見えたんだ。



 酷く悲し気に今にも消えそうに泣いているのに、瞳からは止めどなく、白珠(しらたま)の様な涙だったよ。
 でも、静かなんだ、驚く程に。

 自分の悲しみを、痛む程に冷静に見詰めている様な横顔で、

 男は、その女が此方を向いて、笑ってくれないかなと、思ったんだ。

 男はその思いがどう呼ばれるものか知っていた。
 だけど、生まれて初めての様な感情にも思えたんだよ。

 驚いた。
 生まれ変わってしまったかの様だった。

 やがて女は、静かに静かに泣き止んで、そして、此方を見ることもなく、去って行った。

 声を掛ける事が出来なかった男の耳に、稲刈り歌が風に乗って聞こえてきた。





「そう、調度、今みたいに」

 林の木漏れ日の中で、包帯で半身を包んだ男がいた。
 男、雑渡昆奈門は、ふと話を区切り、目の前の女を見下ろした。

 菖蒲花(あやめばな)の様な、すっと真っ直ぐに伸びた背筋の先の、涼し気な切れ長の相貌(そうぼう)

 美しい面差しを包む黒髪は、奇妙な事に、肩に着くか着かぬかの長さで切り揃えられていた。

 その女、雑渡の妻、さくは微かに傾げていた首を元の位置に戻し、きろ、と黒々とした眼で男を見上げ、口を開く。

「それでは、昔を懐かしんだから、というのが、(ようや)く仕事にご復帰できます程に回復なされた矢先に、朝から行き先も告げずふらりと居なくなられた理由、という事でよろしいでしょうか」

「さくは身も蓋もない」

 苦笑する雑渡に、さくはかそけき嘆息を漏らす。
 何でもない様な表情で立つ彼女の脚絆(きゃはん)と草履の足に着いた砂土が、そんな夫を方々探し回ったであろう事を思わせた。

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