黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□誰そ彼と問え
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※…血、暴力表現あり
月が出初めている。
黄昏時領内、忍の里は静まり返り、その周りを包囲する小隊もまた沈黙している。
最長老の屋敷にて、村の乙名達と此度の指揮を取るおなご達が車座で顔を見合わせている。
灯りに照らされた表情は重く、幾ばくかの消耗が見られた。
「殿は進軍なされたろうか」
「先程、伝令が来た。殿軍は相討ちとなったらしい」
誰とも無く嘆息が低く響く。
「……流石は、隆康殿じゃ」
「では、殿は」
「他の国境の砦に警戒の為の軍を置きなさった様だ。そちらは大きな動きは無い様だが、はて」
男達が車座の中央に置いた地図をぼんやり眺めながらぼそぼそと喋り続ける。
車座の一角から、気っ風の良い女の鼻息がすんと響いた。
「さて、これであの組頭が戻らんかったら、あたしらは彼奴を末代まで呪ってやるよ」
うんうんと頷く女達に、男達は苦笑を浮かべる。
「で、どうなさります?」
その一言で、上座に座る最長老に全ての視線が集まった。
彼等の目下の議題は、離反の際の逃げ道は如何にすべきか、であった。
「……この状況では、捨てかまりしか、あるまいの」
「やはり」
所謂、蜥蜴の尻尾切りである。
数名の小隊が死兵として敵を足止めし、本隊を逃がす。
この場合においては、包囲網に怪しまれぬ様、闘える者数十名を里に残し、残りの者は少しずつ逃げるというものであるが、どちらにおいても犠牲は伴う。
「組頭を待つべきか。しかし、逃げ出すならば今しかない」
「戻らなかったら総当たりじゃ。其れの方が不味かろう」
うーむ。と、その場にいる者達は只、唸るばかりであった。
その時、戸を叩く音が部屋に転がり込む。
「ゆのです。戻りました」
その凛と通る声に、女達がふっと息を吐いて、引き戸を開ける。
「ああ、よう戻った」
「さくちゃんは?城の方かい?」
引き戸を潜り現れた恰幅の良い女は、その艶々と丸い頬に僅かに憔悴めいた、憂いめいたものを浮かべながら乙名と最長老の前に歩みでる。
「申し上げます。さく様は何者かに拐われたと見られる組頭様を追い、夕闇峠へと向かわれました」
「……そうか」
一人の男は重々しく目を伏せた。今日は左腕が鈍く痛むように感じる。かつて戦で使えなくなったそれをゆっくりと擦り上げた。
「忍軍小頭衆はそれを受け、殿に直々に謁見に向かわれました。里は待つようにと、山本小頭様の御通達でございます」
忍軍小頭衆は、四人。
そのたったの四人に、里の命運が掛かったということである。
「殿とて、忍軍との対立は、まっことお望みでは無い筈だ。矛を納めて下さることを願おう」
「まあ、山本様やうちの父ちゃんのがあの唐変木よりはマシさね」
女の一人がふんと鼻で笑う。彼女の夫は隼の小頭であった。
「これ。お前達は少々、組頭に対して不敬が過ぎるぞ」
流石に最長老もやんわりと諌める。
「だってねえ」
「子どもがそのまんま大きくなった様な方だしねえ」
「しょーもない悪戯はするし、仕事を怠けて山本様に迷惑を掛けるし、甘えたの癖にひねてるし」
「さくちゃんみたいな良い娘は雑渡様にゃあ勿体無いわねえ」
女達は顔を見合わせてけらけらと笑う。
「まあ、さくちゃんが行ったんだ。ふん縛ってでも組頭を連れ帰ってくるだろうよ。ねえ、ゆの」
「ああ、当然さ。さく様ほどのくのいちはそうはいないからね」
この窮地において、何処までも明るい彼女達に男達は苦笑いを浮かべ続けながらも眩しそうに目を細めるのだった。
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