黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□虚をつかれし獣
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黄昏時忍軍詰所にて、忍組頭たる雑渡昆奈門より、現在、忍軍の総指揮の任を代わり努めている小頭、山本陣内は、先程訪れた本丸からの家老の通達に嘆息する気にもなれない程の何とも言えない狼狽の最中にいた。
「小頭、如何に致しましょう」
「……如何にするも何も、今は動きようが無い」
山本よりも素直に動揺を露にしている若衆達にそう返した時に、言葉と共にようやく深く息を吐き出す。
……全く、あの男はやってくれたものだ。
かつての恩義と贖罪により、長らく雑渡の世話役を勤めてきた山本にとっては、彼の慎重さと衝動性が支離滅裂に混じりあった破綻ぶりは習知である。
しかし、今回ばかりは事が大き過ぎた。
私にどうしろというのだ、昆。
山本はぎゅっと指で目元を押さえ、ゆるゆると話し出した。
「……里の者達に伝えろ。まともにやり合うな。離反もまた良し、と」
「小頭、それは、」
「生きてこその物種。そしてお前達もだ。差し出す首は忍軍小頭衆のみで良い」
山本の側に控える若衆達は大きくどよめく。
「そんな!小頭は我々の誠心を見くびっておいでですか!?」
「組頭は必ず戻られます!信じてお待ち致します!!」
「裏切りが出たとて、我々は組頭と小頭のお側に遣えし精鋭です。例え武士方と争う事になろうとも最期までお供を致しましょう!」
「……駄目だ。組頭はそれを望まれない」
此れは優しさではない。山本の憶測からによる最悪の事態の回避だ。
……あいつは側仕え達の忠心をも利用しようとしている。
山本は気付いたのだ。
雑渡が「全て」を終わらせようとしているのを。
穿った、邪推に過ぎないと言えばそれまでだが、雑渡を此処まで執念深く生き長らえさせたその一因のひとつが、今、彼の歯牙にかかる位置にいる。
あの男を倒して、終わらせるつもりか、昆。
その為に忍軍が黄昏時軍と直接対峙しようが構わないのだ。
築き上げたものは全て利用し、そして滅茶苦茶に打ち崩していく。
それは全くの破壊衝動としか言い様がなく、狂気の沙汰である。だが、その狂気こそが雑渡には無くてはならない要素のひとつであることを知る山本の、その憶測は十中八九的中している。
ならばこそ、それに乗せられる訳にはいかない。
それこそが、当人にも儘ならぬ二面性を孕む雑渡のもうひとつの本心が望むことだと、山本はそう判断した。
「お前達が行かぬのなら、私が里に降りようか」
押し黙ってしまった若衆達に山本はそう苦笑を浮かべた。
その時である。
「…………小頭、里の者が目通りを求めております」
雑渡の最たる忠臣が一人、高坂陣内左衛門が山本にそう伝えに来た。
「今は、……まあ、良い。何様だ?」
高坂の柳眉が潜められた、そこに浮かぶのは困惑の色。
「里に、奴と繋がる者がいたそうです」
「……すぐ行こう」
全く、次から次へと。
山本は今日は一生分の嘆息をすることになりそうだと、深く深く息を吐くのだった。
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