黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□まつとし聞かば
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黄昏時城城主、黄昏甚兵衛は周りを囲む家臣達の間より胡乱な影のように現れた己の懐刀を、きろ、と一瞥する。
ぞんざいに向けられたその相貌には蛇の様な残忍さが宿っており、凡人であれば震え上がるであろう鋭さがあったが、その矢面に立たされている懐刀、忍軍忍組頭たる雑渡昆奈門は一寸の動揺も見せることなく、その隻眼を主君の前に伏せるのであった。
「裏切者の素っ波が、何をのうのうと殿の御前に現れた!!」
「今すぐ切り捨ててくれよう!!!」
「止めよ」
黄昏甚兵衛の朗々と響く声がいきり立つ家臣達の勢いを削ぐ。
「……雑渡。表を上げよ、此度の次第を説明せい」
「は」
雑渡は短く答え、顔を上げる。
「砦の城に配した忍軍の者を外部から取り入れた者がおります。その者は、長らくこの黄昏時を付け狙っていた者。殿も良く御存じの筈です」
「何を口から出任せを!」
「止めよと言うたのが聞こえなんだか。つまり、仕留め損ねた、ということか」
「そう捉えて頂くしかありません」
黄昏甚兵衛は、ふん、と軽く鼻を鳴らした。
「なれば、お前と、お前の軍が行け。裏切った者共と、奴をまっこと葬るまでお前達は儂の影を踏むことは許さぬ」
その通達に、家臣達がどよめく。
「殿!こ奴に斯様な猶予など与えることなどありませぬ」
「また裏切りがあればどうなるか、この男は信用なりませんぞ!」
「信用できぬ、とそう仰るならば、」
それはそこまで大きくはない声だった。
しかし、雑渡のその声に、周囲は水を打ったような静けさに支配される。
「人質をお出し致しましょう」
雑渡の隻眼が奇妙な光を放つ。
「人質、とは」
「里の戦えぬ者達を忍軍詰所に集めております。私が戻らなければ、彼等と、里の者達、そして我が忍軍の身柄は如何様にして頂いても構いません」
家臣達は皆黙って、雑渡を見つめた。
凡そ人間らしい慈悲の欠片すら見せない無感情な右目に得体の知れない薄気味悪さを覚える。
やがて静寂を破るのは、笑い声。
城主、黄昏甚兵衛が、心底楽しげな声を立てて笑っている。
「そこまでの枷をつける程に、奴が憎いか。雑渡よ」
雑渡は答えない。ただ、その感情を映さぬ瞳が僅かにぎらりと光った様に見えた。
「……良い。面白いではないか。乗ってやろう」
黙礼と共に一陣の風、雑渡は音もなくその場から去った。
「では、此方はゆるりと、出陣の準備でもするかの」
野遊山にでも行くような気楽な黄昏甚兵衛の声が、重苦しい表情の家臣達の頭越しに酷く不釣り合いに響いたのであった。
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