黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□女達は
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※雑渡さん殆ど出てきません

 表が騒がしい、

 黄昏時領の忍の里、乳母やゆのの実家にてさくとゆのは顔を見合わせた。

 表に出れば彼方に人垣があり、そこへ近づけばその中央には若い男がいる。

詰所(つめしょ)からの伝令だ」

 その言葉に、人垣に緊張が走る。
 本丸に火急の事態。否応無く、それが分かった。

「先程、砦が一つ落とされた。今一つも落とされる可能性がある」

「なんと、」

「いったいどういうことだ、」

「まさか、」

 動揺がその伝令を中心に、波紋のように広がる。


 まだ、日は高い。
 そんな折りに、あの狡猾で慎重な城主が手掛けた堅牢(けんろう)なる黄昏時の砦が落とされる等、




「裏切りがあった。そういうことじゃな」

 里の最年長が前に出て、言ったその言葉に伝令は重々しく頷く。

「砦に配した忍軍の忍から裏切りが出た」




 叫声(きょうせい)にも似たどよめきが上がる中、伝令は、つい先刻、虫の息となりながらもその事を伝え事切れた仲間を思い、ぎりと歯噛みする。

 里の者達は身内からの裏切りに動揺を隠しきれないでいる。
 裏切りや謀反はこの乱世に於いて珍しいことではなかったが、しかし、それは主君家臣の間の話。我々は血と意と技で繋がった強固な一枚岩ではなかったのか。

 自分達の父が、兄が、弟が、息子が、いったい誰が裏切ったと言うのだろう、と。

「里の中で動けるもの達は準備をしていてくれ。此処が拠点となる可能性もある。病気の者、怪我をしているもの、子ども老人は詰所へと、組頭の通達だ」

 組頭、の単語にさくはふっ、と顔を上げる。

 ゆのが腕を掴んだ。

「さく様、昆奈門様の元へお戻り下さい」


 忍軍の裏切り、その責を真っ先に問われるのは他ならぬその(いただ)きに立つ一人の男である。

 それにゆるゆると頷いたさくはしかし、耳に届いた言葉に足を止める。

「落とされたのは残夜狭間(ざんやはざま)有明城(ありあけじょう)、今一つは払暁狭間(ふつぎょうはざま)宵待城(よいまちじょう)だ。本丸への進行を断つ為にも宵待城だけは何としても落とすわけにはいかない、今、忍軍月輪隊が、」

 最後まで聞かずして、さくは地面を蹴り、走り出した。

「さく様っ!お待ち下さい、さく様!!」

 養い子が何処へ行こうとしているのか、それに気づいた乳母の叫びはあっという間に小さくなる雌鹿の様な背中には届かない。

 払暁狭間と残夜狭間、その間の、山の麓に隠れるようにしてある小さな庵。
 そこにいる、淡雪の様な母の元にさくは早馬も霞む程の早さで走っていく。

「あれは、……奥方様!?」

 彼方へと飛ぶように走り去る艶やかな髪と背中が誰であるか気づいた伝令は目を見開く、と、すぐ目の前に中年の女が立ち塞がる。

「私は忍軍忍組頭様の妻さく様の乳母、ゆのと申します。私を詰所に、組頭様に御目通りを願います」

「組頭は今は火急の事態のため、面会はできぬ」

 ぴしゃりと言い放つ伝令の言葉にゆのの恰幅の良い身体がさらに膨らむ。

「此れこそが火急の事態だってんだよ!!普段はふんぞり返ってあたしらくのいちを顎で使ってんだ!こんな時ぐらい素直に聞きやがれ!!!」

 その勢いにまだ若い伝令はたじろいだ。ゆのは人垣の中に自身の知り合いを見つける。

「うちのおとっつあんを頼めるかい」

 しっかりと頷いた同じ年頃の女達に、にっ、と笑ったゆのは、人垣を飛び越えるように忍軍詰所へと走る。

「あっ!」

 伝令は(きょ)をつかれた。その体格からは予想もできぬ程の軽やかな動き。

「伝令の兄さん、諦めなよ」

「ゆのは、あたしら同い年の中じゃあ、いっち優秀だったからねえ」

 からからと笑う中年の女達。
 そして、ぱんぱんと手を叩く。

「さあて、ここで辛気臭い顔してたってしゃあない。先ずは自分で動けない奴等を運ぶよ」

「男達はありったけの武器を集めてきな。拠点になるなら女達は飯の確保だ」

「結崎家のつるの様にも連絡しとくかい?」

「あの雌狐に?必要ないだろう。どうせ綺麗な着物着て座敷で震えとるだろうさ。さあ、皆。動いた動いた」

 女達の指示によって、空気が(まと)まり動き出すその様を若い伝令は呆けた顔で見ていた。

「……あの女達は、先の御館様(おやかたさま)の頃からくのいちとしてお仕えしとる者達ですじゃ」

 里の最年長が伝令に近付き、面白そうに顎を擦りながらその様を眺める。

「先の御館様の代ではまだくのいちの数も多く繋がりも強いものじゃったのう」

 動揺に囚われた者達の指揮を奮い上げ、纏め上げるその手腕。

「何時の世もおなごは強いものです」

 にかり、と、歯の抜けた口で伝令に笑い掛ける。

大爺様(おおじじさま)は、どうすんだい?」

「わしゃ残る。お前らに任しとったら里が半壊するわ。」

「年寄りは無理しちゃ駄目だよ。伝令の兄さんも早く詰所に戻んな」

 その勢いに押され、伝令は深い一礼の元に詰所へと戻る。


 勝てる。

 我々は必ず勝つ。


 (はや)る足取りは来た時よりも軽かった。


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