黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□献花、秋へと赴き
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「…………明日。ゆのの元へ赴こうと思うのですが、」

 夕餉(ゆうげ)の席で、目の前の花弁の様な口唇(こうしん)がそう呟くのを見た、黄昏時忍軍忍組頭、雑渡昆奈門は微かに頷く。

「良いんじゃない」

「昆奈門様も参られますか?」

「うーん。行きたいけど、仕事が立て込んでいるしなあ」

 雑渡は椀の中身を啜りながら、きろと、目だけを、無愛想な、しかし非常に形の整った、麗人とも言うべき目鼻立ちの、自身の妻であるさくに向ける。

 その感情に乏しい切れ長の目が、ほんの一瞬、(わず)かに安心したかの様な色が浮かぶのを見た。

「何か持たせるよ。泊まりになっても構わないからゆっくりしていくと良い」

「御心遣い、ありがとうございます」

 花が散る瞬間の様な、あるかなしかの笑みを浮かべたさくの頬を、髪がさら、と触った。












 夏の青みが鳴りをひそめ出した山にしがみつく様に、ひっそりと小さな寺がある。

 庭の掃き掃除をしていた小僧は、門前に立つ人物に気づき顔を上げた。  しかしその次の瞬間には挨拶も忘れ、ぽかんと口を開けて、その笠を外しながら軽く会釈する女を見る。

 観音もかくやの、見目麗しい女が、斯様(かよう)な山寺にどんな用事なのであろうか。

 女は、小僧の様子に苦笑めいたものを口許に浮かべる。

「御住職は御在寺(ございじ)でありましょうか?」

「はっ、はい!おり、おります!!」

「御目通り願いたく存じます」

「えっ、あの、貴女様は、」

 女は暫し、思案する様に目を巡らせる。
 庭に咲いた野菊が、さわさわと風に遊ぶのをじっと見た後、小僧に視線をもどした。

「……茅木村(かやきむら)の、佐平の妻。と言って頂ければ、お分かりになるでしょう」

 小僧は箒を片手に弾けた様に(きびす)を返し、本堂へと走り出す。


 暫くしてから、小僧を連れて出てきた老僧が、門前に佇む女に刮目(かつもく)し、それから、眩しそうにその知性的に光る目を細める。

「…………さくさん。ですね」


 女が、さくが、深々と頭を下げれば、真っ直ぐな髪が背中を流れるのだった。

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