黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□忍組頭は若い子をからかう
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※直接的ではありませんが、性的なものを、ぬるーく匂わせる表現があります。



 瞳から白珠(しらたま)が溢れている。

 最初に見た時、そう思った。

 片手で数えるしか見たことが無い、月の光を固めた様な、あの海の宝玉。

 それは、次から次へと長い睫毛を濡らし、ひやりと冷たそうな青白い頬を伝う。

 それは感情の爆発の様であったし、それを支配するのは絶望的な悲しみであるのに、それが痛い程に伝わるのに、その横顔から覗く相貌は酷く理性的で、

 余りにも完結した、美しい眺めに、声を掛けられないのだ。











「ら……しら、……組頭!」

「……ん、」

 黄昏時忍軍忍組頭、雑渡昆奈門が、その隻眼(せきがん)を、き、と開けば、眼前にくるりと丸い目が呆れた色を浮かべている。

「居眠り、ですか」

「…………あー……寝起きに見るのがお前の顔とか、残念でしかない」

「なっ!悪かったですね!!小頭に見つかってどやされなかっただけでもマシだと思って下さいよ」

 そうむすっと顔を膨らませれ、只でさえ幼い雰囲気の顔立ちをさらに幼くさせる、若き忍、諸泉尊奈門。

 そのぷくりとした頬を横目に見ながらくつくつと笑いを溢し、雑渡はぐぐっと伸びをし、ごきごきと首を鳴らす。

「珍しいですね。居眠りとは、」

「んん、昨日は、中々寝かせてくれなかったからねえ」

「はっ!?」

 かっと顔を上気させる諸泉に雑渡はにいやりと隻眼を歪める。

「……仕事が立て込んで」

「あ……」

「ふふ。何だと思ったんだい。尊奈門」

「っ、知りません!!」

 耳の先まで真っ赤になった尊奈門は、ばんと雑渡の前の床に報告書を叩き付ける。

「私の周りをちょこちょこ歩き回って離れなかった、あんなに小さかったお前が、こういう冗談が通じるようになるとはねえ」

 それに、はら、と目を通しながら、あの平淡な声に、幾分か感慨深い様な色を乗せて喋る雑渡に、諸泉は眉間に僅かな皺を寄せる。

「年寄りみたいな事を仰らないで下さい」

「年寄りさ」

 ぱさり、と報告書を脇に退かし、文机にもたれ掛かるようにして頬杖をつく。

 昼下がりの部屋は既に薄暗く、そうしてしまえば雑渡の顔の半分は影になる。
 隻眼が淡く青黒い薄闇に埋もれて表情が分からなくなり、諸泉は居心地の悪さにもぞもぞと僅かに身を捩らせた。



「なにせ、未だ致さなくても、存外、平気なんだもの」

「……ほあ」

 諸泉から間抜けな声が出る。先程までの真面目な雰囲気は何処へ行ってしまったのか。
 未だ隻眼を影に浸して物憂げな様子の雑渡が、酷く不釣り合いな様相に、諸泉の目には映りだす。

「は、えっ?」

「あれ?通じてない……?ほら、あれだよ、男と女が「通じてます!通じてますから!!」

「……そう」

 再度、顔が赤くなりだす諸泉に、雑渡の隻眼も再び影の中で弓のように歪む。

 それを見た諸泉はきっと目に険を込めて雑渡を見返す。からかわれているのだ、と、そう思った。

「冗談じゃないよ。本当さ」

「…………」

「艶っぽい事は、そうだねえ、あの時、無理矢理口吸いをした時ぐらいかな」

「………………」

 雑渡の表情は真面目そのもので、諸泉の眉間の皺が少し薄くなる、首を傾げて僅かに仰け反るようにして、怪訝なものをその未だ僅かに熱の籠る顔に浮かべた。

「それを、私に言われましても」

「お前は、誰にも言わないだろうし、からかうことも余計なことも言わないからさ」

「……はあ」

「ままごと遊びの様だと、言われてしまったよ」

 常、殊更に感情を見せない、抑揚の無い、凪いだ泉の様な男だから、諸泉はその表情や言葉の端々になんとか雑渡の心情を見いだそうと目を細めども、それは、水に落とした墨の一滴の様に淡くて、捉え処がない。

「……お二人がそれで、お幸せなら、どうあっても構わないのでは、」

 それを掬い上げるつもりで、恐る恐る、実際は至極あっさりと出したその弁に、雑渡は軽く隻眼を瞬かせ、幾分か(まと)う雰囲気を丸くする。どうやら、正解だったらしい。

「幸せねえ……」

 柔らかな息と共に出された声。

 憧憬(どうけい)を孕んでいるように聞こえた。


「……組頭は、何故、さく様をお選びになられたので?」

 下世話と思いつつも今なら答えてくれそうだと、諸泉は、その言葉を聞いたのか聞いていないのか、薄く目を伏せている雑渡をじっと見つめた。



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