黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□お殿様の遊山行楽、其の二
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※…暴力表現注意
鷹の艶やかな風切りが陽射しに煌めきながら滑空する。
勢子役達が追い立てた、弾ける毬のような野兔が鷹の爪にしっかと捉えられた時。周りからはどっ、と歓声が沸き立つのだった。
「さく様。お髪に葉が、」
勢子役には、忍軍の者達が数名紛れ込んでいる。
その内が一人、反屋壮太は、近くに騎乗する大層見目の良い小姓に、そっと声を掛けた。
小姓は無言で無造作な、荒っぽい手付きで髪を払う。
はら、と葉が舞い落ちるのと同時に、涼やかな相貌が反屋を捉える。
「任務中ですよ」
そう密やかに、早口に一言。
菊花の花弁の様な口唇が浮かべる笑みの優しさと目の色は比例しない。
反屋は、申し訳ないとの意味で目を瞬く。その真っ直ぐな髪に引っ掛かるたった二枚の葉がどうにも気になってしまったのだ。
ふと、顔を巡らせれば、彼と同じく勢子役に紛れた忍軍小頭、山本陣内が苦々しい表情で此方を見ているので、反屋は肩を僅かに竦めて、馬を退いた。
「さて、鷹も良いが。次はお前達の腕も見たい」
城主、黄昏甚兵衛の声が朗々と響く。
「何か仕留めたものには、褒美を取らせようぞ」
その一声を合図にまた家臣達は馬を掛けていく。
小姓、の姿をしたさくもまた、鐙を踏み、栗毛の馬を走らせる。
その蹄が立てる音に戦いたかの様に、緑青色の一羽が甲高く鳴きながら舞い上がる。
しめた、とばかりに弓が次々と飛ぶがそれは尽く、掠めもせず離れていく。
そうして、天高く飛び上がっていき、惜しい事をしたと家臣達が思ったのも束の間。
「矢を番えるのを止めよ、小姓。もうあれは届かぬわ」
今更矢を取り出したさくを家臣達は呆れた様に笑いながら見る。
彼女はそれを横目に、ぐっと弓を高天に向かって引く。
徐に放てば、それは天に引っ張られるかのように空気を切り裂き、登っていった。
ぶつん、
と肉を穿つ微かな音と共に、天上の雉はその身を反転して、地に落ちる。
やんやとどよめきながら、落ちた場所に近付いていけば、その心の臓から首にかけて深々と矢が刺さっていた。
「ほう、見事じゃのう」
「これは、これは」
「なかなか見込みのある奴じゃ」
家臣達が次々と賛辞を述べるのに対し、彼女が極控えめな笑みを浮かべるのを、反屋はぽかんと口を開けて見ている。
(表情を押さえろ。任務中だ)
鋭い矢羽は隣からだ。
反屋は眉間に険しい皺を刻みながら、さくを見つめている高坂陣内左衛門に目だけをきろりと向ける。
(しかし、高坂さん、今のを見ましたか)
(だからなんだ。あいつならあれぐらい雑作もない事だ。普段のあれは、すかした奴だろうが、)
高坂は忌々しいものを見るような目でさくを見ている。
(もし、男に生まれていれば、忍軍小頭ぐらいには簡単になれただろうよ)
さくが馬から降り立ち、雉を拾い上げる。
まだ痙攣しているその緑青の首を、その長い指が柔らかに握り折った。
(さて、鬼の遣り手への御膳立ては出来たぞ。退散か、それとも、)
反屋は高坂の矢羽を片耳で受けながら、さくを見つめる。
微笑んでいながらも、無感情な横顔に背筋が僅かに冷えるのを覚えた。
※:勢子役……鷹狩りにおいて、鷹が狩りやすい場所に獲物を追いたてる役割
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