黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□お殿様の遊山行楽、其の一
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 夏の暑さも僅かながらに遠退き出した頃である。

 黄昏時城、城主、黄昏甚兵衛はその日、自身の部屋に呼び出した人物にある通達をしていた。

「……はあ、遊山、でございますか。」

 件の呼び出された人物、黄昏時忍軍忍び組頭。雑渡昆奈門は間延びした声を出しながら、黄昏甚兵衛の手元を、真新しい火縄銃がその銃身を磨かれているのを見た。

「先日手に入れたこれの試し撃ちをしとうてな、懇親も兼ねて、家臣達と狩遊びでもしようかと思うたのだ」

「真意の程をお聞かせ願えますか」

鬼食(おにく)ひが鬼に当たりおった」

 ごとり、と、重い音。
 火縄銃を横に無造作に置いた黄昏甚兵衛の口調は酷くぞんざいに響いた。

「……なれば、鬼の遣り手は此方で処理いたしますが」

 雑渡の伏せた隻眼が鈍い光を放つ。それは床に転がる銃身のその冷たさに近しい。

「試し撃ちをしたいと言うたろう」

 そして、それ以上の冷たさを孕む黄昏甚兵衛の声。
 しかし、雑渡は臆することも無く、やれやれと溜め息を吐いた。
 一貫して何事にも我関せず、ともすれば鈍重な印象を覚えるこの男の、内に巡る蛇の鎌首の冷たさと苛烈な火の熱を、雑渡は良く理解している。

「先ずは見極め、使えるなら残す。要らぬなら、哀れな流れ弾の的。久方ぶりの遊山じゃ、(くりや)で馳走を作らせる。お前達忍軍も来るが良かろう」

「委細承知仕りまする」

 心底楽し気な笑みを浮かべる主君に、雑渡は深く頭を下げた。
 一方、自身の懐刀のその伏せられた墨染の背を見やりながら、黄昏甚兵衛は口髭をしごき、ふっ、と、再び口を開く。

「おぬしの嫁御殿も連れて来ると良い。側仕えが男ばかりでは、むさ苦しいからの」

 雑渡は緩慢な動きで頭を上げる。

「……華が欲しければ女中共を連れていけばよろしいではないですか」

 雑渡の半眼には呆れた色と僅かな苛立ちに近いものが見えたが、黄昏甚兵衛は構わず言葉を続ける。

「華は華でも、棘が無いとな。わしの近くに侍らせておくように……これ、明ら様に顔をしかめるではない」

「……………畏まりました。連れて来れば良いんでしょ。殿の御下知(ごげじ)なら仕方ない」

 凡そ主君に対するそれとは思えぬ不敬かつ不逞かつ不機嫌な態度で雑渡が答えた。


※:鬼食ひ(おにく)……鬼食い。毒味役。


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