黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□干天慈雨
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 雑渡が再び目を開けた時、隣ではさくが身体を丸めるようにして眠っていた。



 そっと、髪を退かし、寝顔を盗み見れば、僅かに眉を潜めて、瞼を痙攣させている。
 静かに頭を撫でてみれれば、表情は幾分か穏やかになった様に見えた。

 音を立てないように、部屋を後にして土間に行く。
 釜殿の上の鍋を覗き見て、(おもむろ)に中身を掬い、一口含む。柔らかい、冷たい粥がするりと喉を撫でるように落ちていった。




 部屋に戻れば、まださくは眠っており、雑渡は、ふ、と淡い笑みを目に浮かべた。
 彼女は恐らく、見た目以上に疲れている。潜入任務は荒事の様な肉体的疲労は少ない分、精神を切り詰める。

 さくの肩に布団をかけ直して、雑渡は薄く障子を開けて外を伺う。


 雨はまだ降り続けている。幾分か強まっている程であるから、今日は一日中降るのかもしれない。

 さくの微かな寝息と、雨音だけである。酷く静かであった。












 知らない間に眠っていたらしい。

 さくが珍しく慌てた様子で飛び起きたら、「あ、起きた」と、間延びした声。

「……今、何刻程でしょうか」

「昼前くらいかな」

 雑渡の答えにさくは僅かに絶句した。

「そんなに、」

「良いじゃない、休暇中だし」

 此方を見ずにそう言った雑渡の手には本。
 紙を捲る微かな音が部屋に響く。座っている彼の周りにも幾つかの本が山を作っている。

「あ、読む?こっちは読んだから」

 山の一つを節の長い指が示す。

「本を読まれるのですね」

「何、意外?」

 口許が僅かに笑う。
 はたり、と手に持つ本を閉じ、暫しその手がさ迷って別の本を取る。

「私は、仕事以外では趣味らしいものがこれぐらいしか無いからねえ」

 さくは、ふと、最初にこの屋敷の掃除をした時の事を思い出した。
 塵ばかりで、碌な持ち物のなかったそこに、日用品以上に大量にあったのが、巻物や書物の類いであった。

「しかし、良く降るねえ」

 障子の隙間から部屋に入る光は僅かに青みがかっているように見える。

「閉じ込められた様だと思わないかい」

「……そうでしょうか?」

「ほら、雨が作る線が、檻の柵みたいに見えない?」

 さくは障子の隙間に手をかけ、外を覗き見るが、雑渡が言うようには見えなかった。

「雨は、雨でございますよ」

 そう言えば、雑渡は軽く声を立てて笑う。

「明日晴れたら、何処かへ出掛けようか」

 さくはその提案に、小さな頷きでもって答え、遅すぎる朝食の粥を温めるために、部屋を後にして、土間へと向かうのであった。




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