黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□宿縁、宿怨、てつはうもの
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「今日は町に、(ふる)い友人に会いに行くから、さくもおいで」

 と、最近は忙しいのかあまり家に居着かない自身の夫が、不意に昼前に戻って来たと思えば、そんな事を言う。

「旧い友人、ですか」

 さくは、自身よりも高い位置にある隻眼を見上げる。
 その「旧い友人」が仕事に関わる者なのか、違うのか、自分を連れて行くことに何か意味はあるのか、しばし、考えてみる。

「そんな難しい顔しなさんな。紹介したいだけだから」

 そんな彼女を見て、夫、雑渡昆奈門はふっと目元を緩めた。
 この暑い日が続くなかでも忍軍忍組頭として忙しく立ち回る彼は、夏の日射しを背にさくからは影になっており、微かに消耗している様に見えた。

「……町なれば、何か茶屋で甘いものでも食べましょう」

「おや、良いのかい」

 清々しい程に贅沢を嫌う彼女にしては、珍しい提案に雑渡はわずかに目を見開く。

「お疲れのご様子ですから、支度をしてきます」

「さくは優しいね」

「知っておりますでしょう」

 雑渡を見返す相貌は、すん、と無感情だ。だが、最初の頃のそれと比べれば、随分と柔らかなものが増えた様に、雑渡には見えた。





 白く路地の光る城下は、夏の暑さに負けたのか人通りが少ない。

 わずかの往来も、皆、暑気にげんなりしているかのように、のろのろと歩いている。

「陽炎が立っている」

 蝉の声に紛れるような、雑渡の独り言を耳に、さくは顔をしかめた。元来、暑いのは苦手なのだ。

「そのご友人は、どんな方なのですか」

 はぐらかされるのも承知で聞いたが、意外にも雑渡は素直に口を開く。

「なんというか、真面目な奴だな。後、怒ると怖い。顔が無気味な癖に子どもには好かれる。でも、怒ると怖い」

「……度々怒らせているご様子ですね」

 本当に友人なのだろうか、とさくはうっすらと疑惑を感じながら雑渡を見上げている。

「ああ、茶屋がある」

 雑渡はそんなさくを余所に彼女の手を引いて、一軒の茶屋に足を踏み入れた。

「葛切り、麦湯(むぎゆ)を二つずつおくれ」

 そう、店主に声を掛けて、日影になっている縁台にどかっと腰掛ける。

「お座りよ」

「ご友人はよろしいのですか」

 腕を引かれて横に座れば、雑渡はにこりと笑う。

「良いんだよ」

 そう言って、夏の日射しが照り付ける通りをぼんやり眺めながら、不意にまた口を開く。

「はて、警戒心が強い奴だな。私だよ、ちゃんと、私だ」






「……女連れとは、どの様な腹積(はらづも)りだ」



 しばらくの間を置いて、雑渡の背後から、声が響く。
 低いが朗々(ろうろう)とした声には、わずかな嫌悪に近いようなものが感じられ、さくはふり返るのをためらう。

「こっちにおいでよ、照星」

 雑渡が背後を見ながらそう言うのが横目に見えた。

「来いと言うのなら行きたくはない。来るなと言うなら行こう」

声はそうぴしゃりと答える。

「ひねてるよねお前って、良いよ。じゃあ、こっちが行くから」

 雑渡がさくの手を引きながら立ち上がる。

 ようやく振り返った彼女の視界に、仮面の様な顔をした男が店の奥に座っているのが見えた。

「いやあ、今日は本当に暑いね」

 気安気にそう雑渡が話し掛けるも、その男は答えを返さず、じとりとした目で雑渡を見るだけだ。
 しかし、別段それを気にする風でもない雑渡は彼の向かい側に座り、その隣にさくを据えるのだった。

「はい、さく。彼が私の旧友の、」

「知り合いだ」

「……鉄砲打ちの、照星だよ」

 そう雑渡の言葉を遮る男、現在は佐武鉄砲隊に身を置く狙撃手、照星は、じっと怪訝そうに眉を潜めながらさくを見た。



※:麦湯(むぎゆ)……今で言う麦茶の事です。室町時代では貴族や武家が好んで飲んだそうで、庶民階級が飲むようになったのは江戸時代からです。
 つまり、雑渡がこれを頼むのは時代考証としては微妙なところ。

 

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