黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□忍組頭は反省する
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黄昏時忍軍忍組小頭、山本陣内は目の前の光景を理解するのに少しの間が必要だった。
自身の上司たる男がふらりと何処かへいなくなったと彼の奥方から聞いて、少々、奥方が気掛かりに思った彼が、翌日の午前に彼等の屋敷を訪ねれば、奥方はおらず、件の上司は帰って来ており、何故か庭に出て奥方の乳母の前で土下座状態であった。
「ゆの殿。何があったのですか」
縁側で仁王立ちになりその恰幅の良い身体をさらに膨らませるようにしている乳母やのゆのは、山本ににっこり向き直る。
「昆奈門様から直接お聞きになれば宜しいかと存じます」
その笑顔にうすら寒いものを感じた山本は鳥肌を押さえるように腕を組みながら地べたに正座する男を見る。
「組頭、いったい……」
組頭と呼ばれた男。
雑渡昆奈門は、その大きな体躯を決まり悪そうに縮込ませながらあごをぽりぽりと掻く。
「……さくが出ていってしまった」
「……は?」
ぼそりと出された言葉に山本は絶句した。
「何をしたんですか、」
「私が何かした前提なんだね」
「当然でしょう」
きっぱり言い放つ山本に雑渡は深々と溜め息を吐く。
「まあ、したはしたんだけどさ……」
そうして、雑渡が話し出した内容を聞きながら、山本の眉間には一筋、また一筋としわが刻まれていく。
「で、今朝まで帰って来てないっぶべっぼおっ!!!」
「こんの、たわけがぁっ!!!」
山本陣内がこの男に拳骨を落とすのは随分久方ぶりの事であった。
「……色々と言いたいことはありますが。何故、そこで無理矢理接吻になるんですかあんたは!!?」
「いや、なんか…何でだろう。衝動的に、」
「男の風上にもおけません」
「おなごの敵にございまする」
ゆのと山本の剣幕を前にして雑渡はしおしおと身体を萎ませた。
「あ、組頭帰って来てるんですね。って何やってらっしゃるんですか皆さん」
庭を覗いたのは諸泉尊奈門である。
山本とゆのの憤懣やる方無いといった雰囲気に怪訝そうに眉を潜めた。
「そりゃ、組頭が悪い」
「…………」
山本とゆのから事情を聞いた諸泉の第一声である。
「組頭。やるにしても物事には手順としてよい時というのがあるんですよ」
「……そーね」
年端のいかぬ若造にまでそう言われてしまえば、齢三十を越えた男の立つ瀬が無い。
反論をせぬ雑渡を見下ろしながら、話が少し擦れてしまうな、と山本は咳払いをして、ゆのに目をやった。
「御実家に帰ったのでしょうか」
ゆのは、それにゆるゆると首を振る。
「さく様は結崎の家にはまず帰ろうとは思われないでしょう」
「でしたら何処に、」
その問いにゆのはわずかに眉を潜め、雑渡を見る。
「昆奈門様。もし、私が言うところにおられませんでしたら、探すのは諦めて頂くほかありません」
「……ああ」
昆奈門がひとつ頷くのを見た後、ゆのは口を開く。
「恐らくは生母様の、みゆき様の所かと、」
絞り出す様な声で、彼女はそう言った。
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