黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□ある子供と、ある女
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……似てる気がしたんです。
そう呟く掠れた声に、彼は小さな手を強く握った。
誰に、など、聞く必要もない。
「顔なんて良く覚えちゃいねえんすけどね」
へらりと、笑う、隣の幼子を彼はじっと見下ろす。
「だから、なんか話しかけられると、この辺が、」
その幼い子どもは空いている片手で胸元をぎゅっと握る。
「苦しい様な、熱い様な、変な感じがするんす」
彼がはた、と歩みを止めれば、子どもは数歩前に出て、留まる。
彼の人のいるであろう部屋は目と鼻の先だ。
「先生……?」
子どもは怪訝そうな顔で彼を見上げた。
「……お礼なら私からも代わりに言える。無理して会う必要はないぞ」
彼の言葉に、子どもは不思議そうに首を傾げた。
「何言ってんすか。直接言わなきゃ失礼でしょ」
俺なら大丈夫です。
そう笑いながら、子どもは、目の前の戸に手をかけた。
「しかし、こんな凛々しい格好をしていると、十は若返った様に見えるねえ。そう思わないかい?」
「はあ」
忍術学園六年は組の善法寺伊作は、その飄々とした声に曖昧に答える。
先程から声の主は、目の前の女の、少し高めに一つに結わえた髪を弄びながら、時折手に持つその房の先に口付けなどもしており、正直目のやり場に困るのだ。
しかし、それをされている女といえば、背後の男などいないとでも言うようなすんとした無表情である。
「本日は何時もより急いでおりましたので、」
涼やかな、しかし、平淡な印象を受ける声で話す彼女が、背後の男、泣く子も黙る黄昏時忍軍忍組頭の、その奥方とは、本当に驚きだ。
と、善法寺は彼女の足に湿布薬と添え木を当てながら思う。
この方は、なんていうか、そういう世俗的なものから離れてる人だと思っていたけれど……
「ん?急ぐ用事があったっけ?」
「明日のあれの為にあれをあれしないとあれなので、今日のあれが終わったら至急お戻り下さいます様に、と、おじ様が仰っていたそうですが、」
「ああ。でも、あれって、例のこれがこうなったから、それをこうすればあれにしなくても良いんだよ」
「でしたら、あれをそれにできないのではございませんか」
「そしたら、あっちをあれにあれすればさあ……」
「いったい、何の話ですぅ?」
「気にしちゃ駄目だよ伏木蔵」
あれ、あれ、と多分に伏せらた会話は呑気な響きだが、恐らく黄昏時内情の話だろう。
通じあっているのが不思議であるし、善法寺とて気にならない訳ではないが、追求したとて後が恐いと、委員会の後輩をやんわりと諫める。
「私の家の父ちゃんと母ちゃんもあんな会話してるよ」
もう一人の後輩が、眼鏡の奥の瞳を細めながら言う。
「うん。僕の家でも。あれって言うだけで、お互いに分かってるんだよねえ」
その後輩の同級の子もにこにこと頷く。
少し違う気もするんだけどなあ。と善法寺は苦笑を浮かべた。
「その通りさ。私達は夫婦だから以心伝心なんだよ」
そんな子ども達の無邪気な声を受けて、泣く子も黙る忍組頭、雑渡昆奈門は片目をにやりと歪ませながら女の肩を抱いた。
「悪のりは止めてくださいませ」
そんな雑渡に、拒否とまではいかないが、奥方のそれにしては少々冷たい気もする反応を返す彼女、さくに、善法寺はさらに苦笑を深める。
せっかくの美人なのに、ここまで愛想がないと魅力が半減して勿体無いな、と胸の内で独り言ちながら、善法寺伊作は彼女の足の添え木の上から包帯を蒔いた。
「はい、終わりました。暫くは安静にしてくださいね」
「有難うございます。お手を煩わせて申しわけありません」
「保健委員会として当然ですから」
善法寺の言葉に、さくはわずかにきょとんとした表情になり、首を傾げる。
「ね、此処の子達って良い子達でしょう」
雑渡はさくにそう笑いかける。
「ええ……そうですね」
さくの手が、幼い後輩達の頭をゆっくり撫でる。
「昆奈門様の、御執心の訳が、分かる気がいたします」
雑渡は目を柔らかく細めながら、さくを見ていた。
その優し気な表情に、善法寺はわずかに目を見開く。
こんな穏やかな表情もできるのか、と。
「失礼します」
その時、部屋の空気に飛びこむ様な声と共に、少年が入ってきた。
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