黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□矜持もけんもほろろ
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「たかが包帯ひとつで、別れ話を始めるんじゃないよ」

「早とちりなさいますな。夏の間だけ、この家を出ようと言うておるのです」

「え」

「私がいるから、でございましょう?」

「………………」

 雑渡は、さくの肩から手を離し、ふう、と大きな溜め息を吐く。

「……参ったね。醜態(しゅうたい)を見せたくないという男の矜持(きょうじ)くらい理解してくれよ」

「理解はしておりますが、私にはいらぬ矜持に思います」

「にべもない物言いだ」


 雑渡は口許だけを歪めて笑う。  
 さくは、そんな雑渡を見ていたが、やがて、すっと手を伸ばして、

「うん!?」

「まっこと、不愉快にございます」

 ぐいっと雑渡の右耳を引っ張りだしたのであった。

「昆無門様は、私がどんな女であるとお思いなのです」

 さくは、雑渡の耳を掴みながら真っ直ぐと、射抜くように、雑渡を見た。

「そんな事で、貴方様から、離れる様な女だと、そうお思いなのですか」

 一言ずつ区切るように話す、その話し方は彼女が怒っている時の癖だ。


「そういう問題じゃない」

 雑渡はじとっとした目で彼女を見る。
 さくは耳の縁を撫でるように手を離した。

「昆無門様は、大人気ない上に中々に面倒なお方ですね」

「知ってるよ。君は、無愛想な上に中々に強情だ」

「知っております」

 二人はそのまま、おし黙って、互いを見つめていた。

 しばらくの後、さくがゆっくりと頭を下げる。

「では、秋にまたお会いしましょう」





「…………ああ、もう。分かったよ」

 さくが顔を上げれば、雑渡は憮然とした表情である。

「取りゃ良いんでしょ」

顔の包帯に手をやり、引き千切るように取り外す。
 皮膚が貼り付き、(つぶ)れた左の濁った白眼が、彼女を見た。

 ばっと、上衣を脱ぎ、同じく乱暴な手付きで半身を覆う包帯に手を掛ける、

「お待ち下さい」

 その手に、さくの手が重なる。

「何?やっぱり、止める?」

 抑揚が無いが、投げ遣りな響きの声に、さくは静かに首を横に振った。

「その様に乱暴になさいますと、傷に障ります」

「…………」

「失礼致します」

 さくがそっと包帯の端を持った。

「私が外してもよろしいでしょうか」

「……じゃあ、お願い」

 さくは小さく頷き、そろそろと、ゆっくり包帯を外していく。
 見ようによっては冷たく見える無表情であるが、その手つきは酷く優しいものだった。

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