黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□矜持もけんもほろろ
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銃声と、血と、火薬の匂い、叫声、怒号。
「……本当に飽きない奴等だなあ」
黄昏時忍軍忍組小頭たる山本陣内は、佳境を迎える戦場の、そこから僅かに離れた林の樹上にて、微かに耳を震わせたその言葉に、目だけを動かして隣を見た。
「まあ、そうでないと、我々が金子を貰えないけどね。」
返事が返らないのは気にしてないらしい。
その男、黄昏時忍軍忍組頭、雑渡昆無門は、遠眼鏡に目を当てながら飄々と呟き続けている。
「さあ、新式の石火矢の御威力は如何に……」
山本は雑渡の片手に目をやる。
ほぼ無意識なのだろうが、襟の合わせに手を入れて、胸元を引っ掻いていた。
「うわあ。えっげつない。うちの殿が好きそうだ」
「組頭」
「ん?なんだい?」
「さくちゃんはもう大丈夫なのですか」
「流石はくのいちと言うべきか、一晩で回復したよ」
「それは、よろしかったですね」
「陣内にもあの見事な倒れかたを見せたかったなあ。直立不動のまま、ばたーんだよ」
遠眼鏡から目を離さず、雑渡は山本と話を続ける。
空いた片手は、今度はもう片方の腕を引っ掻いていた。
「ところで、組頭」
「んー?」
「包帯、お取りになっておりませんね」
「包帯」
遠眼鏡からようやく目を離し、雑渡は山本をきろりと見た。
「詰所で、尊奈門や陣左やらに変えてもらってるけど」
「そういう意味ではありません」
「別に良いだろ。面倒臭いし、今年はまだそんなに蒸さないし」
「………………そうですか」
「ほら、終わった様だ。集合掛けてきて。さっさと帰ろう」
「……承知しました。」
山本は小さく息を吐くと、音もなく去っていった。
そして、その某城の新式石火矢の視察から数日後の事、雑渡はぴっと姿勢正しく座る、見目麗しくしかし非常に無愛想な無表情の、己の嫁を横目でじとりと見る。
「昆無門様、包帯をお取り下さい」
「……さくってば、陣内に吹き込まれたね」
雑渡の少し不機嫌な表情に全くの動揺も見せないさくはゆっくりと頷きながら答える。
「ええ、そうですとも。ですが、聞いた上で包帯をお取りになるべきだと判断したのは私です。毎年夏は蒸れるので、仕事で無い時は外してらっしゃるんでしょう」
「今年は大丈夫なんだもーん」
「嘘を仰いますな。匂ってますよ」
「におっ!?」
「冗談です」
「いや、言葉の暴力だからねそれ」
「とにかく、お取り下さい」
「やっ!!」
子供の様にぷいっとそっぽを向く雑渡にさくは眉をひくりと動かす。
「……分かりました」
「分かってくれたかい」
「では、私は実家に帰らせて頂きます」
「は、」
「それでは、」
「ちょっと待って!なんでそうなる!?」
雑渡はようやく、さくを正面に据え、肩を掴んだ。
彼女は相変わらず、すんとした無表情ではあったが、雑渡を見返すその目にはわずかに怒りめいた光を帯びているのである。
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