黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□忍組頭は看病なんてしたことない
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 美しいものがあると良い



 花だ、と思った。
 懐かしい声が、呼んだ気がする。




 美しいものがあれば、





 遠ざかる声を追いかけたくとも身体は動かない。

 声は、糸が切れるように消えていく。

 かき集めようと腕を伸ばした。
 伸ばした気がする。





 美しいものが、











 肌に当たる微かな(なにがし)かの感触に、彼女は重たい瞼を開けた。
 山査子(さんざし)の花が、目の前に飛び込んできた。

 のろのろと腕をあげて頬に触れると小さな花弁が一片、滑るように落ちていく。


「さく」

 花が喋ったと、一瞬、彼女はぼんやりした頭でそんな事を思った。

 そんな筈は無くて、彼女が視線を上げれば、静かな隻眼と目がかち合う。


「いきなり直立不動のまま倒れるから、驚愕したよ」

 囁くようにそう言う、自身の夫、雑渡昆奈門に、さくは謝罪を述べようと口を開く。

「……………………」

 喉からはひゅーと掠れた音しか出ない。
 そうだった。今朝から喉が痛く、身体に奇妙な浮遊感があると思っていたら、昼を待たずして昏倒してしまったのだった。

 声が瞑れてしまって、言葉にならない。

 それでも、雑渡はその唇の動きから意図を読み取り、ゆるゆると頭を振る。

「誰も責めてはいないから、謝るんじゃないよ」

 額を撫でる手の冷たさに、さくは僅かに目を細めた。


「……誰か来たみたいだ」

 雑渡の言葉にさくは身体を起こそうとする。
 客人ならば、茶なりなんなり用意せねば、と。

「あー、こらこら。何してんの」

 そんな彼女を雑渡は押し留めた。

「私が行ってくるから、さくは寝ておきなさい」

 そうして、からりと障子の向こう側に雑渡は消えた。

「…………」

 さくは重い身体を、どさりと、布団に沈めこむ。

 視界が回る。
 目の端に白色の小さな花が見える。

 何かのまじないだろうか、と、彼女はぼんやりとそれを目に映す。

 何故、こんな頭のすぐ側に花を置いたのだろう。

 と、彼女は熱に浮かされた頭で思った。

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