黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□お嫁さんのお留守番
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「外泊、ですか」
「うん、ちょっとした野暮用で。明日の晩はいないからね」
「承知しました」
ある晩の事、閨で肘をつきながら雑渡がさくに言う。
「お土産買ってくるよ。何が良い?」
へらりと笑う雑渡に対し、さくはぴくりとも動かぬ表情でゆるゆると首を振る。
「無駄遣いは好きません」
「おや、私のお嫁さんは厳しいなあ」
冷たいとも思えるようなさくの言葉と態度を気にする風でもなく、雑渡は手を伸ばし、彼女の髪を撫でる。
「御無事にお帰りいただけたら、それで充分にございます」
「それは勿論。危ないことをしにいくわけじゃないから大丈夫」
さくの髪を一房とり、指にくるくると巻きながら雑渡は言う。
真っ直ぐな彼女の髪は絡むこと無くするするとこぼれていった。
そうして、翌朝。
珍しく朝早くに起きた雑渡は、行ってくるよと、そう一言、家を出ていった。
思えば、と、さくは手をひらひらと振る雑渡を見ながら心中で独り言つ。
思えば、戦列を離れたとはいえ、一介の忍が昼夜をその奥方と過ごせるという状況もなかなかないことであろう。
これからこういう事は度々あるんではなかろうか、と、彼女は頭を下げながら雑渡を見送った。
「少しお寂しいものですね」
家に戻れば、ゆのがそうさくに言う。
「大袈裟な。一晩の話でしょう」
彼女はそれに対し、小さな苦笑を浮かべた。
その言葉の通り、さくは全くいつもと変わらぬ様子で、てきぱきと家の用事をし、ちゃっちゃと一日を終わらせ、何時もよりも早く床に着いた。
変わったことと言えば、飯を炊く量が何時もと違った為に、分量を誤ったのか少々粘っこいものになってしまったぐらいである。
「……ふっ」
そうして、寝に入って、夜半も過ぎた頃、彼女は布団から飛び起きる。
一瞬の後、呑み込んでいた息を大きく吐き出した。
肩で息を整えながら胸に手を置き、痛いぐらいに打つ心臓を宥めるように自身の手でゆっくり擦った。
夢の内容は良く覚えていない、それが責めてもの幸いだった。
さくはふと隣を見る。
その自身の無意識の動きに気付いた彼女は、ぐっと眉をしかめた。
溜め息を吐きながら布団を引き寄せ、再び横になる。
寒いなと思い、肩まで布団にくるまりぎゅっと身体を丸めながら目を閉じた。
「……どうなさるおつもりですか」
「……あら、まあ」
その翌日の朝の事、さくはぼんやりと飯釜の中を見つめている。
昨日の出来とは違い、ふっくらと艶光りする程に美味そうに炊き上がったそれは、明らかに量が多い。
「今日お帰りだそうから、」
「……昆奈門様がおられても多いと思いますけれども」
隣で同じように釜を覗きこむゆのは言いにくそうにそう述べた。
「…………握り飯にしましょう」
「そうですね。詰所の方々に差し入れなされたらどうでしょうか」
そうして、朝から二人、せっせと飯を握っていく。
何をやってるんだ自分はと眉を潜めているさくは、隣から聞こえる忍び笑いにその眉間のしわを深めながら隣の乳母を見やる。
「ゆのったら、何が可笑しいの」
「いえ、失礼。さく様が粗相をなさるなんてお久し振りですねえ」
「…………」
何やら楽しそうに声を弾ませながら握り飯を作っているゆのに、さくは少し口をへの字にしながらぎゅっと力強く飯を一纏めにした。
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