黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□悪ふざけと大人気ない大人と
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「奥様、わたくし最近面白いものを手に入れましたの」
「まあ、なんでしょう。わたくし気になりますわ」
「ほら、これですのよ」
「あらあら、奥様ったら、わたくし、それは初めて見ましてよ」
「……何やってるんですか、先輩方」
忍術学園の一角。
一年は組在籍にして学級委員長の、黒木庄左ヱ門は、その利発そうな眉をわずかにひそめながら先輩二名の面妖なやり取りに声を挟んだ。
「上流階級奥様ごっこだよ」
「この前、新しい顔を仕入れてね」
声を掛けられた少年の一人は、普段の穏やかそうな細面の(それも、彼の同級からの借り物だ)顔とは違う、女の顔でにやりと、彼独特の顔で笑う。
「うわあ、美人ですね!」
素直に感心した声を上げるのは、一年い組の学級委員長、今福彦四郎である。
「その顔にその笑い方は似合いませんね」
「庄左ヱ門たら冷静ね……」
苦笑を浮かべた五年い組の学級委員長、尾浜勘右衛門とは対照的に、自慢気に軽く胸を反らす少年。「変装名人」、「天才」等の二つ名を持つ五年ろ組の学級委員長である鉢屋三郎は、三人を楽しそうに見回した。
「聞いて驚け。この顔はなんと!……黄昏時の忍組頭の奥方の顔だ!!」
「ええっ!!あの雑渡昆奈門さんの!!?」
「は!!?あの人結婚していたのか!?」
「先日、うちの補習授業に来ておられましたよ」
驚愕の声を上げる二人に対して、尚も冷静に庄左ヱ門は頷いている。
「そう、そのは組の乱太郎に似顔絵を描いてもらった訳だ。流石庄ちゃんたち一年は組は情報が早い。」
「はあ、こんな美女とねえ……」
「どうかしら尾浜君。貴方様のお気に召して?」
シナを作りながらすり寄る鉢屋を、尾浜は心底嫌そうに避ける。
「中身と声が三郎なのが、ものすごく残念だ」
「そりゃ実物を見てないからしゃーないだろっ、と、どうだ?色は此方の方が良さげか?」
鉢屋は小袖を二着取り出し、交互に顔を当てる。
「何をするつもりだ?」
「面白い事を思い付いたんだよ」
尾浜と、一年生の二人は、またどうせ碌でもないことを考えているに違いないと思いつつ、薄い菜の花色の地に、杏子色の花模様を散らした小袖に腕を通す鉢屋を眺める。
変装とはいえ、華やかなそれは女の顔に良く似合っていた。
「伏木蔵から聞いたんだよ。今日あたり、旦那の方が来るかもしれんそうだ」
「おいおい、からかう相手は選べよ三郎。あれは玄人中の玄人だぞ」
尾浜が呆れたと眉を潜めようとも、鉢屋は気にするでもなくにやにやとした笑いを口に浮かべている。
「その玄人中の玄人が、色を前にした時どんな姿を見せてくれるか気になるじゃないか。って訳で、保健室行ってくる」
意気揚々と廊下に足を踏み出した鉢屋は次の瞬間、楚々とした女の仕草になり歩き去っていった。変装名人斯くあるべしかと、庄左ヱ門は素直に感心した。
「尾浜先輩。止めなくて良いんですか?」
彦四郎の心配そうな声に尾浜は肩をすくめた。
「言い出したら気が済むまで聞かない奴だからな。……まあ、何かあった時の為に我々も様子を見に行くとするか」
と、尾浜は一年生二人の肩を抱きいそいそと立ち上がる。
「尾浜先輩も面白がってますね。」
庄左ヱ門の指摘に尾浜はにこりと笑う。
彦四郎と庄左ヱ門は顔を見合わせ苦笑いしたが、やはり自分達も興味が無いわけではない。
そうして、三人は連れだって、保健室を目指して歩き出したのである。
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