黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□知りたがり
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 彼女は立っていた。


 全てが、燃え尽きた場所に、彼女は立っていた。

 彼女は、思う。
 私のせいだと、彼女は、思った。

 彼女は、腕に抱いているものを確かめるように力を籠める。


 しかし、その腕には、













「……っ」

 ひゅっと息を飲む音が、自身の体から出ているというのによそよそしく、遠くに聞こえた。

 彼女は月明かりにぼんやり照らされている障子を横目に見ながら、額の汗を拭う。

 隣に頭を巡らせると、彼女の夫は今日とて彼女の身体に腕を回すようにして寝ていた。


「…………」

 火に焼かれた肌が固まっているせいなのか、回されている腕はいつもひんやりと冷えている。

 背中に彼の鼓動が響いてきて、それは自分のものとは違い、酷く緩やかだ。

 そうしている内に、彼女の瞼は、また重たくなってくる。

 もう、夢は見ないよう、そう願いながら彼女はごく静かに意識を手放していった。





 彼女が微かな寝息をたて始めた、それを見計らうかの様に彼の隻眼がうっすらと開く。

 寝入る彼女の身体に回す手に、少し、力を入れた。

 それは、まるで何か良くないものから彼女を守ろうとするかの様だった。












「うーん……」

 黄昏時忍軍詰所にて。
 とある昼下がり、忍組頭たる雑渡は一人文机に向かい何かを思案している様子であった。

 頬杖をついた雑渡の背後から小頭の山本陣内が覗き込む。
 文机の上には、幾つかの事務仕事が積み上げられ片付けられるのを待っていた。

「仕事をなさってください」

「うん。粗方終えているから」

 雑渡が指差す先には積み上げられた報告書やら会計監査やら偽書やら証文やら、

「おや、珍しい」

 そちらは未処理ではなく処理済みの方だったのか、と山本は軽く目を見開いた。
 何時もは、のろのろと、のらくらと、仕事をさぼり続けている雑渡にしては、本当に珍しいことだった。

「考え事していたら早く終わってさぁ」

「……仕事に集中してください」

 山本は溜め息を吐きながら積み上げられたものの一つを取りだし確認する。
 片手間の仕事と思いきや、それには非の打ち所は無く、山本は妙に悔しい気持ちになる。

「考え事とはなんです?」

 山本が雑渡を振り返ると、彼はさらさらと筆を進めながら喋り出す。

「さくの事が分からない」

「はあ」

 山本は雑渡の横の湯飲みを引き下げながら片眉を上げた。

「分からない、というか、知らないことが多い。さくは自分の事を話さないから私は周りに聞かされるばかりだ。陣左とのことだってまったく知らなかった」

「……ああ」

 山本は思わず苦笑を浮かべた。
 やはり彼女は話してなかったのか。
まあ、あの二人が幼い頃の親同士の戯れみたいなものだし、さく自身が高坂と反りが合わないから言う必要を感じなかったのだろうが、

「私は私のお嫁さんの好きなものすら知らない。これってちょっと良くないよね」

 きろり、と黒目を動かし山本を横目に見た雑渡に山本は苦笑を浮かべたまま答える。

「そんなの、直接さくちゃんにお聞きになればいいものを」




「………………え?」

「え?」


 雑渡が筆を取り落としながら間抜けな声を出したのに、山本も同じ様な声が出た。

「ああ、そっか。直接聞けばいいのか」

「は?いったい何を……まさか今、気づいたのですか?」

 山本は呆れて雑渡を見るが彼はそんな事お構い無しに、はあ、成る程なあ、等と呟いている。

「今まで知りたいことは諜報するか、読み解くかしかなかったから、直接聞くって考え自体がなかったよ。うん、成る程なあ」

 そんな事を、感心しきった様に大真面目に言うこの男。
 彼が世間の常識より少しずれた人間であることを、山本は今更ながらに思い知った。

「じゃ。さっそく」

 雑渡はすっくと立ち上がる。

「今日は帰るよ」

「え。仕事は、」

「ん」

 指し示された先の山は先程より少し高くなっていた。

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