黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□御迎え任務
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「すまないさくちゃん!頼みがある!君にしか頼めないんだ!!」
「あらまあ」
季節は夏の暑さももうそこまでといった頃。
昼下りに雑渡邸を訪ねてきたのは、小頭、山本陣内であった。
迎え出た忍組頭である雑渡の嫁、さくは、頭を深く下げている山本をぽかんと見つめている。
「私が行っても、いや、本来なら私が行くべきなんだが今仕事が手放せなくて……」
ぐっと山本は拳を握り締める。
「諸泉は、勝手に行った上に案の定戻って来ないし」
その拳が、細かく震えだした。
「他に頼めそうなのもいるにはいるんだけど、何かと不安だし……」
という訳で、と山本はかっと目を見開きさくを見る。
「さくちゃん。君が一番成功率が高そうなんだ。頼まれてくれないかな?」
「……はあ、何を、でしょうか?」
何処かしらの山奥に、ひっそりと存在する学舎。
それは、只の学舎では無く、忍を、それも優秀な忍を養成せんとする場所であり、一部の界隈には非常に有名な一勢力として存在する。
その忍術学園の、とある学級の、補習授業中の事である。
座学を担う教師、土井半助は、その柔らかい笑みがよく似合うだろう顔を、ふ、と僅かにしかめた。
それは、頭上に感じる微かな気配のせいであり、それは目の前にいるまだ忍としては未熟な生徒達には気付かれてはいない。
ああ、面倒だ。と、土井は胸の内で溜め息を突く。
「おっと、」
白墨を床に落とし、それを拾おうとした、勿論、『ふり』である。
「土井半助!!!覚悟っあだあ!!?」
天井から真剣をふるい舞い降りた人物は、その切っ先を土井に触れさせる前に床に転がり落ちた。
「授業中にっ……って、へ!?」
土井はきょとんと、構えていた出席簿を下ろす。
これは自分がしたものではない。
額を押さえながら悶絶する青年の横に転がっているのは、
「笄……」
「何をしているのです尊奈門」
良く言えば涼やかな、悪く言えば平淡で無感情な、そんな女の声がして、土井は、はっと教室の入り口に目をやった。
そこには酷く無表情な、しかし非常に容姿の整った女が立っている。
教室の生徒達はぽかんと口を開けて、その女を見つめていた。
「えっ!さく様!!?何故此処に!?」
先程、土井を襲おうとした青年、黄昏時忍軍が一人、諸泉尊奈門はぎょっとした顔で彼女を見た。
「先ずは私の質問に答えなさい。貴方は、ここで、何を、しているのですか」
つかつかと諸泉に近づいた彼女は、一言ずつ区切るように諸泉に聞く。
表情にはなんの感情も伺えなかったが、その問い掛けの口調は明らかに詰問のそれであった。
「えっと……あのぉ、」
諸泉はしどろもどろに目を泳がしている。
「私が見ていた限りでは、この方に刀をふるおうとしていましたが、違いはありませんね」
「え、はい」
涼しげな相貌が横目に土井を見たので、土井は少し肩が跳ねた。
諸泉は諸泉で、肩をぎゅっとすくめながらびくびくと彼女を見ている。
「何故ですか?これは貴方の任務なのですか?」
「いえ、違います」
「忍が主君の命に関係なく人を殺すのは、ただの外道な殺人者と変わりありませんよ」
彼女の詰問は苛烈さを増していく。
「わ、私は!自身の汚名をそそぐ為に、土井半助に勝負を挑んでおるのです!!」
「成る程、決闘ですか」
「はい!!」
理解を得られたと、諸泉の表情がぱっと明るくなる。
「決闘ならば、相手の同意の得られる状況でするべきですよ。ましてや、関係の無い子供達の学びの時間を奪うなど言語道断ではございませんか?」
「……はい」
正論も正論に、またしおしおと萎み出す諸泉である。
土井は思わずくすりと苦笑をこぼした。すると、彼女がぱっと振り返り、思わず背筋が伸びる。
「うちの諸泉がお騒がせして申し訳ございません」
「あ、いえ……貴女は、その……尊奈門君のお姉さん、とかでしょうか?」
「はい?」
「お前の目は節穴か!?んな訳ないだろ!良いか!!この方は……あ、はい、すみません」
諸泉が土井にまくし立てる。それも、彼女の一瞥でまた治まったが。
「申し遅れました。私は黄昏時忍軍忍組頭、雑渡昆奈門が妻。さくと申します」
「え」
「授業の邪魔をして申し訳ありません。私達はこれで失礼致します」
「は、え」
さくはしょぼんと座る諸泉を無理矢理立たせた。
「さあ、私を早く昆奈門様の処に連れていきなさい。私は此処には来たばかりなんですから、案内を頼みますよ」
「はい……」
そうして、彼女はずるずると、半ば諸泉を引きずるようにして教室を後にした。
「お、覚えてろよぉー……」
全く情けない声の何時もの捨て台詞が、廊下を去っていった。
「…………え」
「「「ええええええええええ!!!?」」」
授業終了の鐘と共に、教室は騒然となったのであった。
※:笄……髪を掻き上げ纏める為の棒状の道具。髪を飾る為のかんざしより実用的な意味合いが強い。
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