黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□現れたりしは忠臣という名の小舅
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 今日は温かいな。
 庭の草を抜きながらさくはそう思いながら額の汗を手で拭った。

 本格的に夏が来て、勢いが増す前に、庭の雑草を一掃しようと思い立った彼女は雑渡を送り出した後、こうして庭の草引きに励んでいる。

 働いていないと気が乱れるような心持ちであったからともいえる。

 今朝の雑渡は、特に変わった様子は無かったが、昨晩の夜半過ぎ、布団から這い出て寝所を出ていった事にさくは気づいていた。
 それは恐らく昨日の筆頭家老との一件に関わっているような気がするのだが、だからといってさくにはどうするべきか良く分からない。

「自分を大事にしなさすぎだ」と言われた。
 今まで、愛想良くしろだの、目付きに気を付けろなど忠告めいた事は言われてはいたが、そのどれよりも咎めるような、怒っているような口振りであった。

 しかし、

 とさくは思う。

 私は、大事にすべき程の人物とは、言いがたいと思うのだけれど。


 と。そこまで沈思黙考していたさくの手が石を拾い、庭の一本木に鋭く投げ付けた。ほとんど反射であるかのような滑らかで自然な動きである。

 石は、繁った木の内に飛び込み、瞬間ぱしっというごく小さな音がさくの耳に届く。
 受け止められたか、とさくは小さく舌打ちをし、立ち上がった。



「…………何処ぞのどちら様が、何用でございましょうか」

 さくの丁寧な、しかし刺のある言葉の後に、木の繁みから若い男が一人庭に降りたった。




「成る程。流石は鬼の結崎が娘といったところか、忍としては及第点といっていい。…………だが、」

 年の頃はさくと同じくらいか。目付きは鋭いが流麗な顔かたちの男は険しい顔で彼女を睨む。

「それだけで組頭の奥方が勤まるとは思うなよ結崎さく!!」

「はあ」

 びしりと指を突きつけられるさくはぴくりとも顔を動かさない、反して男は眉間にますます皺を寄せる。

「随分と久しぶりだな。相変わらず地味な格好だ」

「……何処かでお会いしましたか?」

 怪訝な風に漸くさくの表情が動く、とはいってもごく僅かに眉が寄せられた程度である。

「ふん。忘れたとは聞いて呆れる」

「…………ああ」

 合点(がてん)がいったと、さくの捻った首が元に戻る。

「高坂家の勘当(かんどう)息子」

「お前に言われとうないわ!!!」

「いったい何事ですか!?」

 ゆのが庭に飛び出てきて、結崎と高坂陣内左衛門の間に入る。

「あら、まあ。陣内左衛門様では御座いませんか」

 ゆのも驚いた様に彼を見る。
 高坂家も結崎家も、月輪隊に属する由緒ある忍の家系である。
 そればかりか、この男はかつてのさくの許嫁であったのだ。
とはいっても、彼は雑渡に仕えるために家を出て。さくはさくで様々な事情に寄り生家から勘当されるに至った故に、その約束は非常に早い段階で無かったものとなったのだが。


「今は、組頭様の御側近であらせられましたね。いったい何用でしょうか」

 付き合いの長い乳母故に分かるさくの無表情に見える不機嫌を感じたゆのは取りなすように間に立ちながら高坂に声を掛ける。

 そう、そもそもこの二人は折り合いが良くなかったのだ。


「決まっておろう。さくが真に組頭の奥方に相応しいか確かめに参ったのだ」

「……元許嫁とはいえ、貴方様に呼び捨てられる筋合いはございません」

元、にやたらと力を籠めてさくは呟いた。

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