黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想

□現れたりしは忠臣という名の小舅
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 カツンと戸を叩く細く鋭い音に、布団に身を包んだゆのは、殆ど無意識の内に覚醒した。
 今でこそ乳母として下女の様に振る舞っているが彼女とてまた忍である。

 戸の向こうの気配を探り、羽織を肩にかけたゆのはすっと戸をあける。
 外の月の高さから、夜半過ぎであることが分かる。


「はて、回りくどいことをなされず、戸を叩けば良いものを、」

 縁側に転がっている小さな小石を拾いながら頭上に声を掛ける。


「女性の寝所にみだりに近付くのは失礼でしょうから」

 屋根の上から庭に舞い降りたのは忍組頭であり、彼女の養い子の夫である男。

「気付かれなければ諦めるつもりでしたが、流石。ゆの殿です」

「昆奈門様ったら、何を仰いますやら。私はただの乳母にございますよ」

「ご謙遜なさいますな」

「さて、何用でございまするか?」

 ゆのはにっこりと笑いながら雑渡を見る。
 予想は着いてるとも言いたげなその表情に雑渡も目元を緩めた。


「さくは、昔からあんな感じなのかい?」

「と、仰いますと」

「笑わないね。あの子。苦笑か、任務用とか言ってたあれぐらいだ」

 ゆのはふっと表情を陰らせる。

「昔は、いえ本当は、朗らかな方ですよ」

 きゅっと羽織を握り締めるゆのは、何処かしら悔しげに見えた。

「何かきっかけでも……後家であることにも関係あるんだろうけど、」

「……私からは言いかねます」

「あの子は時々、うなされているよ。腕に抱くとようやく治まるのだけれど。……本当に教えてくれないのかな」

 ゆのは緩く首を振る。
 そうして、二人暫く黙っていたが、やがてゆのはぱっと雑渡に笑顔を向ける。

「昆奈門様、貴方様から直接、さく様から教えて頂いてくださいませ」

「……話してくれそうにもないけどね」

 雑渡は少し拗ねた様な顔をする。ゆのはそれを優しく見つめる。

「この乳母からもお頼みします。私ですら、さく様の心の翳りを払うことは出来ませなんだ」

 月が雲から現れ、二人を照らし出す。


「ゆのは見てみたいのです。もう一度、さく様が、心から笑うお姿を」

 満ちた月を思わせる顔でゆのは微笑んだ。

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