黄昏時忍軍忍組頭の嫁は少し無愛想
□変な男
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目が覚めたら覚えの無い板目に少し思考が止まる。
一瞬の間の後、ああ嫁いで来たのだと思い至った。
さくはすっと身体を起こし、障子の向こうの気配に声をかける。
「ゆの。貴女、何時来たの?」
障子がさっと開いて、彼女の乳母やが顔を出す。
「つい先程に御座いまするよ」
にこりと丸く笑う乳母はつつとさくに近寄り、手をきゅっと握る。
「ほんにようございました、お嬢様。ゆのは乳母として鼻が高いです」
「有り難う。まだ祝言を挙げぬ内はどうなるか分からないけど」
「まあ、またそんな事仰って…祝言は本日とお伺いしましたから、お手伝いに参りました」
そう言いながら彼女はてきぱきと道具やら衣装やらを取り出す。
「ねえ、貴女まさか」
「ええ、そのまさかです」
ゆのは手を休めずこちらへ笑いかける。
「本日より暫くの間、私もこの家に、引き続き結崎様にお仕えさせていただきます」
さくは呆れたと、嘆息する。
「ねえ、ゆの。相当ごねたんでしょう?乳母である以前に優秀なくのいちの貴女をあの家が易々と手放す筈ないもの」
ゆのはぱっぱっと本日の着物の候補をさくの前に並べる。
「お言葉を返すようですが、私はくのいちである以前にさく様の乳母やです。さて、御召し物はどう致しましょう?」
これなどお薦めですが、と金糸を織り込んだきらびやかな晴れ着をさくに当てる。
「どれも、派手すぎる」
「そう仰ると思いましたが、本日は御祝言なのですから、華やかなものがよろしいかと」
ああ、これも良い。と別の着物を当てるゆのはとても楽しそうで、さくはその姿を微笑ましく思ったが、やはり派手なものは好みでない。昨日の着物だって相当派手に思えたのに。
「あれで良いわ」
さくは脇に退かされた普段着を指す。山鳩色に格子の地模様が入ったものだ。
「まあっ!さく様の派手嫌いは重々承知しておりますが、あれはいくらなんでも地味すぎますよ。目出度い日に縁起でもない」
「あれだってものは良いやつでしょう。あと、お歯黒は嫌だ。白粉も少なめで、」
ゆのが出した荷物の中に化粧道具も見かけたから釘を指すことにした。
「さく様。そう仰らず、」
「……組頭様は武芸に秀でた方。あまり大袈裟なのはお嫌だと思うわ」
苦し紛れにそう言って、その、ゆのが言う地味すぎる着物にさっさと腕を通せばゆのも諦めたのか溜息を軽くついて手伝いだす。
「なれば、せめて帯だけでも華があるものに致しましょう」
そう、ゆのは有無を言わさずさくの腰に菖蒲色に銀糸の刺繍が入った帯をきゅっと巻き付けた。
※:山鳩色……灰色を混ぜた鈍い黄緑色
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