いしゃたま!
□これにて大団円
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「幕、を……?」
雑渡さんの言葉に首を傾げると、彼はゆっくり頷いた。
「貞明殿に会いに行こう」
「っ貞明さんの居場所が分かったんですか!!?」
私の産みの母の為に、全てを犠牲にし、私の為に戦って下さった日ノ村貞明さん。
ヨイヤミから足抜けした彼とはもう会えることはないと思っていた。
「三反田殿、申し訳無いが御息女を暫くお預かりしても宜しいでしょうか」
「……ええ、分かりました」
父様は少し間を置き静かに頷いた。
母様が私の肩に手を置いた。
表情が不安気だ。そんな母様に雑渡さんは目をやりながら優しく微笑んだ。
「ご心配無く、決して危険な目には合わせないと約束します……ですが、誠に言いにくいのですが、その、一晩程泊まりになりそうなんですよね」
「え?」
ぽりぽりと顎を掻く雑渡さんを、私達三人はぽかんと固まる。
母様だけが、最初にはっと我に返って、雑渡さんをきっと睨む。
「そういう事でしたら承知しかねます!仮にも嫁入り前の娘を殿方と外泊させるなどとんでもない!!」
「うーん、やっぱり駄目ですかね。確かにちどりちゃんは嫁入り前ですけど、貰い手についてはもう心配はないので構わないかなと思ったんですが……」
「ちょっ!?雑渡さんんん!!?」
いきなり何を言いだすんだこの人は!!
頭の中で、優しく笑う彼がぽんと浮かぶ。止めてくれ、出てこないで!!
「どういう事だちどり!!父はそんな事知らんぞ!!!」
「と、父様、興奮しますとお身体に触りますよ、」
「誤魔化そうとするんじゃない!!」
父様が凄い剣幕で私に詰め寄る。
その時、一触即発の私達の横で母様がぽんと手を打った。
「ああ!もしかして!!!」
ぱあっと明るい表情の母様。何かしらの合点がいったようだ。
「分かりました雑渡様。ですが、外泊は外泊です。連れていかれるなら、娘の意志はご確認下さいな」
「おい!母さん!!!」
「私、行きます」
「おい!ちどり!!!」
勝手に盛り上がる私達に対し、咎めるように声を上げる父様。
「父様。物事ってのは、最後まできちんとやってこそ意味があるんですよ」
私は、貞明さんにどうしても、もう一度会いたい。会って言いたいことがある。
「危険は無いと雑渡さんが仰いました。この人は約束を守る方です。必ず帰って参ります。どうか行かせて下さい」
雑渡さんも頭を下げた。
「勝手を申してるのは重々承知です。これは、私が自身を納得させたいが故の事。……ですが、お願いします。その為にこの方が必要なのです」
父様は苦い顔をしていたが、やがて渋々頷いた。
「……急いで支度しなさい、それで、さっさと帰ってきなさい」
「……はい!分かりました!!」
ばたばたと荷物を纏めにかかった。
雑渡さんと連れだって、辿り着いたのは、緑の濃い、深い山道。
茜の雲に藍が差し込んで来る頃。
「あの、本当にこっちなんですか?」
疑っている訳では無いけれど、暗くなってくる山道は私を不安にさせる。
「大丈夫。うちの黒鷲隊は優秀だから、情報は確かだよ」
「はあ……」
「個人的な事で使うなと、こわーいお目付け役に怒られちゃったんだけどね……ああ、沢が見えるな。そろそろだ」
雑渡さんが示した先には確かに、夕日に光る小さな川が見えた。
「あ、人が、子どもがいる」
小さな男の子が、川の水を酌んでいるのが見えた。
「上々。行こう、ちどりちゃん」
茂みをかき分け、川縁に出る。
「や、今晩は」
雑渡さんが声をかけると男の子はびくっと肩を震わした。
「聞きたいことがあるんだ。この辺りに、って、あ」
ぐっと手桶を抱えて踵を返し、男の子はどたたたと走り去ってしまった。
「逃げられちゃった」
「ま、まあ」
雑渡さん見るからに怪しいですもんね。と失礼な言葉は飲み込んだ。
「見た目は怪しいけどおじさんは子どもには優しいよ」
また勝手に思考を読まれた。
苦笑いしていると、男の子が走り去った先にもう一人の人影が見える。
男の子に手を引かれながら、その子が指差す先にいる私達を見る人物の目が、大きく見開かれる。
その痩せた男の左目の下には小さな傷があった。
「貞明さん!!」
私の声にぴたっと立ち竦んだ彼は、やがてゆっくりと頭を下げた。
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